とことこ編集者雑記

49歳バツなし独身乙女座A型トイプー双子姉妹6歳と同居

「リバーズ・エッジ」主題歌の件

映画化のニュースは聞いてましたが、オザケン主題歌。
先行して歌詞公開とのこと、珍しいな…と思って
サイトに見に行ってみた、ら…。
「僕の彼女」、「古い友」、特定余裕。
「僕とつき合った後に彼と結婚して
出産して離婚した」とな。ここまで書く必要とは。
 むしろ「君」の方が一瞬わからなくて
「年上」? 「ベレー帽」! で「オカキョン」じゃん、と。

コンサート会場や世田谷美術展のゲリラライブなど
局面局面で岡崎さんの存在が登場しています。
オカキョンが5歳上。そのくらいならカップルになることも、
ままあるかと思える年齢差。ですが。
歌詞を読むに、初対面は90年頃と推測。
オザケンはメジャーデビューしつつも大学生(東大だが)、
一方、89年に「pink」を上梓した岡崎京子
この一作で「漫画ブリッコ」出身者や
内田春菊原律子らを含めた
「少女漫画を描かない女性漫画家」群から頭ひとつ、いえ
何馬身もの差をつけて、時代の先頭に躍り出ていました。
よく「大友克洋以前・以後」という表現がありますが
女性漫画家では、それは岡崎京子なのではないかな、と。
作画ではなく、女性像の描写の部分で
(作家では林真理子だと思っていますが余談につき割愛)。
つまり存在が衝撃的すぎて大量のフォロワーが出たため
後世になると「オリジナルであることの革新性」が
却って伝わりづらくなるという例のやつです。
「学生vs.社会人」だったことに加えて
89年以降のオカキョンは、サブカル系近辺に絶大な影響力を
もった人でした。「pink」→「リバーズ・エッジ」の流れを
平成生まれの人に説明するなら
ハチミツとクローバー」→「3月のライオン」的な。
21世紀生まれの人に説明するなら
「かくかくしかじか」→「東京タラレバ娘」的な。
(作風は似てません念のため)。
自分はオザケンと同い年なので、おこがましさを
承知で言えば「オカキョンさんSUGEE」感は
近いものを共有できてるんじゃないかと思っています。

そんなにも、折々にオカキョンさんが登場する。
確か「ひふみよ」ライブで青木さんの名前を挙げていました。
かつて身近にいた年上の友人を喪ったことのダメージが
あるからこそ、岡崎さんがかけがえのない存在になっている、
ということもあるんじゃないかな。。
あと、漫画と歌というツールや、展開する世界観の違いはあれど、
画角の取り方が一部、似ているところがあるのではないでしょうか。
「DOLPHIN SONG」「ローラースケート・パーク」などに見る
「ほんとのこと」「嘘っぱち」
「ありとあらゆる種類の言葉」という表現。
リバーズ・エッジ」では物語の終盤、主人公のハルナが
「どうして私たちは放課後、あんなにおしゃべりばかり
していたんだろう。それはきっと…」と振り返ります。
初対面の時の言葉に、小沢さんは心を射抜かれていました。
だから、30年近く経っていても「歌詞」に引用するのです。

パーフリ時代の2人は、本業は知らず、プロモ場面などでは
相当なクソガキだったようです。大宅文庫で当時の
雑誌インタビューを読みましたが、自分だったら
絶対に記事を担当したくありません。それがいつの間にか
過去の不用意な発言で、消えない刻印が刻まれた元相方に比べ
対タモさんへの言動や、家族愛の連呼で
「きれいなジャイアン化」が著しい昨今のオザケンでした。
ですが、今回の詞は黒いというか、露悪的なところをチラ見せ!
(ただし自分自身を黒くは晒さないのもまた「らしい」というか)。
そこに、喪われたかと思っていたパーフリっぽさを勝手に感じます。

燃え殻さんの「ボクたちはみんな大人になれなかった」が
今年の象徴ですが、ついに、今までは地続きのように思えた
90年代が「懐古すべき時代」というフェーズに移行しました。
オザケンは戻ってきたけど安室ちゃんは引退、平成終了…
95年の神戸震災、オウム、エヴァで持ちきりの
「世紀末感」に似た様相が、今の空気。
そして一度終わらせたからこそ、
今また戻ってこられた感のあるオザケン
マーケットが縮小・分散化したとはいえ、この年齢で
ノンタイアップのシングルで、オリコンウイークリー2位
という結果はさすがです。これだけブランクを空けての
トップ10ランク入りの実績を出せた歌手は、ポップス系では
他にいない様子。演歌では数名います。でも彼らは
「長い休業」はしてないです。オザケンのすごさは、
活動していなくても、むしろ時代を経て、
より多くのファンを獲得した「普遍性」にあるのだと思います。
リバーズ・エッジ」(94年)に話を戻すと
「なぜ今、映画化なの?」のリアクションも多数見られますが
今が映画化のラストチャンスだったかも、というのが
実際のような気がしています。

行定監督はオザケンとタメなので
「同学年ですごいヤツが、もう世に出ている」という意識は
あったんじゃないかと思います。
同い年ということで言うと、月刊カドカワ91年2月号
尾崎豊特集」目当てで買った中に「鷺沢萠スペシャル」があり
そして「フリッパーズギター」の記事があったと記憶します。
彼らの名前を知ったのは、ここが初でした。あんまり早くない。
ねるとん」のCMソングの人たちだ、みたいな。
で、鷺沢萠が68年生まれですね。62年生まれの山本文緒
後にエッセイで書いていましたが、初掲載の際(30歳ごろ?)
「あの月刊カドカワに自分の文が載るなんて」と、相当感激した
ことを回想しています。
その媒体に、22歳でスペシャル記事を組んでもらっていた、
当時「吉本ばななと並び、芥川賞に最も近い女性作家」と
言われていた鷺沢さん。既に十三回忌を過ぎました。
私たちは来年、「知命」を迎えます。
時の流れの早さに、言葉もありません。

…しかしアレですね、「結局、招待客しか入れなかったイベント」だの
「整理券を入手しても、3時間待ちで会場に入れた頃には
お目当ての物販は完売済み」だの、楽曲に関係ない部分で
「んー?」と思うことが続いたため、本末転倒と知りつつ
今年の2曲はまだちゃんと聴いていません。
そして、もともと90年ごろの自分は
音楽は「森高ランド」「古今東西」で森高一択、
漫画はいろいろ読んでましたが、主食はキャプつばの薄い本。OH。
リバーズ・エッジ」のキャラならルミちんの姉(牛乳好き)が
自分の属性にドンピシャ。パーフリからの小沢小山田ファン=
オリーブ少女、という図式にはそもそも1ミリもかすりません。
さらに「ひふみよ」ライブ以来、新作チェックも怠っている有様。
「キレイなオザケンは、私にはますます遠い人だなー」と思っていたのに
リバーズ・エッジ」と合わせ技にされたら
これだけの長文を書かずにいられない自分に一番驚きました。
新作歌詞に戻ると「目が見えない」のは誰でしょう。
数々のシーンで「フリッパーズギター」再結成願望を
作中キャラに叫ばせていた岡崎さん。
歌詞冒頭に「汚れた川」、終盤で「汚れた川、再生の海」。
この辺だけが作品世界に合っていて、他の部分は私信ですよね。
再結成はできず、「共演」もこれが限界。それでも、
主題歌によせて、小沢さんが「古い友」を語りました。
ソロデビューのお披露目が日比谷野音、なんで? と
思っていましたが、歌詞内の補助線で、2人の間に
何らかのエピソードがあることがわかります。そして下北沢。
川、海、噴水、涙、茹で汁。人が為すこと、そして生命を維持する
「茹で汁」にこそ「永遠」の単語を付与するのが、今の小沢さん。
「手をつないで、光の差す方向に向かって歩く」という光景に
個人的には「戦場のボーイズライフ」(95年)を連想しました。
すぐ乾くはずの涙はまた流れて、それでも歩くしかない。
主題歌が発表され、改元日程が確定した2017年12月1日に、
そんなことを思いました。この項終わり。

谷山浩子コンサートに行ってきたよ! ほか

取り急ぎ雑感。オールリクエスト・斉藤ネコさん担当回でござる。

2010年頃にやはり「斉藤ネコさん回」を当日券でまさかの大当たり、

「Weather Song」をリクエストした時の日記は消してたねぇ…。

そして今回も、まさか行けると思ってなかったので当日券でGO。

1曲めが「DOLL HOUSE」(斉藤由貴8thAL「age」6曲め)で

「おおぅ」となる。「自分は作詞だけ、作曲は崎谷健次郎くん。

由貴ちゃんはボサノバ風、自分はジャズ風アレンジで収録した」と

語るに留める浩子さん。渦中の人ではありますが…ねぇ。

オールリクエストの醍醐味は「その曲お願いしちゃう?」というやつで

岩男潤子作曲曲がリクエストされたりなどで

「こういう作品もあったのね」と、蒙を啓かれるところにあるかと。

それでも「ねこの森には帰れない」B面

あまんきみこ『車のいろは空のいろシリーズ 』の未収録曲」を

リクエストした方がいらっしゃったのにはビックリした。

82年ANNからのライトファンですが、存在すら知らなかった。

浩子さんも「歌詞だけあっても思い出せない」と謝っておられた…。

 

さて、昨年の80年代アイドル言及日記推していた

斉藤由貴須藤凜々花がそろってこの夏

「同世代アイドルの中で最強ヒール」に躍り出て、忸怩たる思いです。

両者に共通なのは「相当頑張って上昇気流に乗りかけてたのに、

スクープされたとはいえ実績を自分で壊した」という点でしょうか。

須藤さんに対しては「若いって、こういうことよね」感もあるのですが

斉藤さんに対しては「三つ子の魂百まで」的な、

須藤さんに対しての気持ちと矛盾するようですが、

「人は年齢にかかわらず『同じパターン』にはまりがちなのだ」という教訓を

得てしまったような心境です。宇多田ヒカルワードでいうと

「どうして同じようなパンチ何度もくらっちゃうんだ」的な。

なんでそう思ったかというと、話は全然飛びますが、

最近岸本葉子さんの「週末介護」を読みまして。

以前の著作で「山一証券に預けていたお金が!」(97年)とあり

今回「リーマンショックで運用していたお金が!」(08年)とあって

「なまじ目端が利いたが故の利殖対策が残高減らしに」のケースを

繰り返しているなぁと思ったからです。また同じチョイスしとる!

でもこれは大概の人にも当てはまることで。

軌跡こそ本体なので「失策をいかに避けるか」よりは

「宿業とどうつき合うか」を考える方が、実態に即している気がします。

今日、ついに斉藤さんの「来年の大河降板」の一報が出ました。

この分だと「クリスマスの約束」のナレーションも

松たか子あたりに交代では、と予想。公開を控えている映画以外では

撮り溜めしているEテレ分を消化したら、斉藤さんは本格的に

表舞台(テレビ・映画・CM)から消えてしまいそうです。

20日の定例会見でオードリーヘップバーン回差し替えを発表した

NHK放送総局長氏は「はね駒」演出のひとりだった方なのだそうですね。

今年はクリスマスコンサートも自粛かな…。

それでも大河降板は、この後どんな画像が出るかもわからないうちは

自粛しといた方が安全じゃん? という印象。過去の会見なども

発掘されましたが「美しい伝説のまま、いなくなってしまう」よりは

「生きててくれるだけでファンサだから!」と思っています。個人的に。

まだまだ事態は流動的なようなので、言及もここまで。

 

雑談。谷山浩子私的ベスト5。

この中では2と3が、比較的人気がある曲かな。

1 エッグムーン

2 SORAMIMIー空が耳をすましているー

3 見えない小鳥

4 Weather Song

5 …ここは気分によって変わるかも。

  「さよならのかわりに」が有力ですが、

この日記を書いてたら「真夜中の太陽」を思い出してしまった。

「夜のブランコ」ではなく。この項終わり。

「魔法使いの娘ニ非ズ」完結!

えーと今日書店で買いました。早売りではないと思います。

著者インタビューありの小冊子目当てで「WINGS」2月号を買っており

最終回だけ読んでいて「ん? 無山はどうしてこんなことに??」などなど

疑問山積でしたが、最終刊を通して読んで、なるほど納得。

初音、パパ、兵吾、無畏さん、

無印では無畏と一緒に死のうとしたのに、「非ズ」では…の操名。

みんなハッピーエンドに向かって

「こうなったらいいな」「こうした方がいいな」という方向に歩み出す。

ただ、一読者としては、その「こう」を「そう来る?」という方向に

(特にラストシーン)、しかしキチンと整合性のある場所に

ポンと着地させるのが、さすがのストーリーテラー・那州さん。

未消化の伏線はないと思います…たぶん。

主要人物の中で、小八汰の「自らの手で無山を殺す」という願いだけは

叶ってません。なので小八汰は表紙にいないのかも。

で、タイトルをかみしめますに

「魔法使いノ娘」ニ非ズ=私自身が魔法使い、

に成長していく物語なのだなーと思っていましたが、

「魔法使い」ノ娘ニ非ズという、つまり父はついに…という意味も

隠されていたのだな、とようやく解釈いたしました。

自分は相当凡庸なので「日常生活では同居している娘夫婦(主に娘)に

叱られてばかり。でも、娘夫婦に生まれた、孫にあたる幼児に

『おかあさんとおとうさんにはナイショだよ』と、

手品のように失せ物をこっそり取り出してみせる白髪のパパ」という

家庭の団らんの図、あたりで物語が閉じられるといいなーとか

思ってましたが、そんな甘いシーンで終わるわけがなかった。。

「娘」が隠された嘘を暴き、決着をつける物語だったのに対し

「非ズ」は変えたいのになかなか変われない自分と、

そして他者とどう向き合うか、という物語なので、

カタルシスでは「娘」の方が上かと。

ただ、多くの人は「このままじゃ、なんかいけないんじゃないか」と

思いながらも何かを少し変えたり元に戻したりしながら

日々を暮らしているかと思うし、物事の「決着」はつかなくても

自分で「ケジメ」をつけることはできるのだなぁと。

 

以前この日記で「フラワーデストロイヤー」について触れました。

シリーズ最終作「ダーク・エイジ」(91年作品)では

「花」の香りで超能力に目覚めた優等生が念動力を発動させ

瓦礫で繭を作り閉じ籠もった時に、主人公・智恵は呼びかけます。

「自分で出てきてくれなきゃ 何もできないのよ!

わかってるでしょう!?

それはあなたにしか壊せないんだよ、鳥井さん!」

物語の終盤、初音は答えます。

「それじゃダメなの!

あたしが自分でやらなきゃ…」

85年デビューの那州さんですが、本当にブレない。

「娘」の終盤では「おとうさん」を下ろしたわけですが、

先に述べた操名と同様、初音も「非ズ」では変わりました。

今のままではいけない、変わらなければ…という思いを抱き続けて

いつの日か。「魔法使い」シリーズは完結しましたが

私たちは歩き続けなければならず、道に迷った時には

その都度この物語を手に取ろうかと思います。

 

以下余談。

「娘」第1話が02年7月号なので、約15年にわたるシリーズが完結!

あと1ヶ月しないうちに「シュトヘル」最終巻は出るし

(こちらは09年連載開始)、立て続けの長期連載完結はさびしいなぁ。

とはいえ「キッチリ完結するのは◎」という評価もございます。

他に今買っている長期連載は「将国のアルタイル」(これも最終章だ)、

「大奥」「きのう何食べた?」、あと「おおきく振りかぶって」。

「大奥」は15巻完結説が出て今14巻ですが、本当に終わるんでしょうか。

そして、自分が初めて読んだ「ドカベン」の当時の最新刊は

「初優勝した深紅の大優勝旗が、明訓高校の校長室から盗まれた」

エピソードが入った22巻なので、それを思うと

おお振り」もまだまだ序盤です。全然OKです。

そんなこんなで、この項終わり。

80年代アイドルの自己表現について

昨日発売の週刊ビッグコミックスピリッツ

80年代アイドルを特集しておりまして。

それきっかけで、最近チラッと調べていたものの成果など。

 

87年11月ー斉藤由貴(21歳)10thシングル・オリコン4位

88年3月ー小泉今日子(22歳)25thシングル・オリコン2位

88年4月ー森高千里(19歳)4thシングル・Wikiに項目なし

88年9月ー松田聖子(26歳)26thシングル・オリコン1位

89年6月ー南野陽子(21歳)15thシングル・オリコン2位

91年7月ー中山美穂(21歳)22thシングル・オリコン2位

94年3月ー工藤静香(23歳)21thシングル・オリコン8位

 

ささっと種明かしすると、上記はすべて

「アイドル本人が自作詞で初めてシングルを切った曲」となります。

 

斉藤由貴=「さよなら」→主演映画『「さよなら」の女たち』主題歌。

当時のフォーマット的に、ヒロインを演じていれば、まぁ歌います。

5th「悲しみよ こんにちは」B面で19歳の時に自作詞提供経験があり

同日発売2ndアルバム10曲の内4曲が自作詞。

同時期、朝ドラヒロイン(NHK「はね駒」)を演じ

最高視聴率49.7%を叩き出し余勢をかって紅白初出場&紅組司会。

その後88年にはドラマ「花園の迷宮」(日本テレビ開局35周年記念)、

映画「優駿」(フジテレビ開局30周年記念)、

ドラマ「女優時代」(よみうりテレビ開局30周年記念)と

立て続けに局をあげての記念作品主演を歴任。

そんな「国民的女優」にとって、歌手活動・とりわけ作詞業は

プライベート…のわけはないんですが「わたし自身」を発露しやすい

場所だったのでしょう。実際に「シングルでひと山あてる」よりは

「コンセプトにこだわるアルバム・アーティスト」でしたし

ランキングにこだわらず、セルフプロデュースを展開していった記憶。

コミケ大手壁サークルかな?

対照的なのが中森明菜で、彼女は同じくセルフプロデュースといっても

5th「トワイライト」のジャケ写を自分で選び、

7th「北ウイング」では作曲家に林哲司を指名し、タイトルも考案。

衣装や振り付けなどに、どんどん自分のアイデアを出していき

タイアップに頼るようなことは退け、それでも「今週の第1位」に

こだわります。少年ジャンプ巻頭カラー常連かな?

ただし、シングルの作詞を手がけようとはしなかった。

本人曰く「プロデューサーのわたしがいて、タレントの明菜ちゃんが

いる」。作詞家のAKINAさんに発注をかけたのは実にデビュー13年目・

32th「Tokyo Rose」と、かなり遅い。それも上澤津孝との共作であり

自作詞については慎重だった様子がうかがえます。

「作詞」が自分の主戦場ではないと判断していたのでしょう。

 

小泉今日子=「GOOD MORNING CALL」小室哲哉作曲。

最大ヒットはこれも自作詞「あなたに会えてよかった」(91年・32th。

パパとなっちゃん」主題歌)で、ハウスや学園天国のカバーなど

試行錯誤の末の自作詞路線復活が、主題歌になって花開いた感。

順風満帆なキャリアの方なので、追記事項はあまりないのですが

「あなたに会えてよかった」はその年の日本レコード大賞作詞賞受賞。

89年の作詞賞は吉岡治「好色一代女」(歌・内田あかり)、

90年の作詞賞は竹内まりや「告白」(歌・本人)。

90~92年はレコ大にポップス・ロック部門と歌謡曲・演歌部門ができた

時期で、賞レースの構造にメスが入った時期ではありました。

それでも作詞を専業としない、しかも現役アイドルが受賞したのは

画期的。直前の受賞者の顔ぶれと比較すると一目瞭然でしょう。

個人的にはこのあたりで「聖子明菜コイズミ」の3強から

存在感としてコイズミさんが完全に頭ひとつ抜けた感があります。

 

森高千里=「ザ・ミーハー」…前後の方たちに比べると

87年デビューの森高が、いかに徒手空拳だったかがわかります。

聖子明菜が現役でヒット出してて、最大勢力85年組が百花繚乱。

歌唱力? 顔? プロポーション? 演技力? 愛嬌?

どの分野でも先人たちが陣地張ってたわけで、活路が「自作詞」。

同年デビューの酒井法子が「のりピー語」を駆使する設定を必要と

したのと、理由は同じでしょう。当時のサンミュは聖子在籍、

84年デビューのユッコもレコ大新人賞受賞からの展開で、

景気のよい時期ではありました。それでも「のりピー語」。

いわんやアップフロントをや(アイドル商法にノウハウ皆無)。

ドラム叩いてるだけじゃ弱い、と判断されたのでしょうか。

この曲を収録したアルバムは同年3月発売なので、厳密には

「高校3年生の卒業間際に、突然言われて作詞することになりました」。

高校生の作詞を商業ベースに乗せてシングル切ってみた、なんて

同時代なら尾崎豊くらいしかやってなかったんじゃないかな。

彼ははじめから作曲含め、自作志向でしたが…。

他のアイドルはみなさん、ヒット曲などの実績を作った後に自作詞です。

とはいえ、結果的には大成功。森高は本当に頑張り屋さんでした。

89年に「ベストテン」90年に「トップテン」「夜ヒット」終了。

ゴールデンタイムの音楽番組が「ミュージックステーション」一択に

近い状況になっていた92年、森高は女性ソロ初の

「全都道府県制覇ツアー」を敢行しています。

もしも00年代にデビューしてたら握手会皆勤とか

また違ったタイプの見え方で頭角を現したに違いありません。

 

松田聖子=「旅立ちはフリージア」。Seiko名義です。

産休明けでも人気は健在、と思いきや、

この初の自作詞シングルが24作連続1位の最後の曲となってしまいます。

いや、もうちょいヒットは続きますが。

キョンキョンと同じで、この人も自作詞が最大ヒット。

「あなたに逢いたくて~Missing You~」(96年・38th)。

しかし人気のピークと同時期とは言えず、CDバブルの賜物かと。

個人的にはまったく詳しくないのですが、自作詞へのこだわりに

賛否両論があるとかないとか。。詳しくないので記述はここまで。

 

南野陽子=「トラブル・メーカー」。89年は事務所独立の年。

「君の生まれ(事務所)の不幸を呪うがいい」とはガルマ・ザビ

南野陽子によく似合うセリフです。高値安定のキョンキョン

復活急上昇の斉藤由貴、この2人に共通なのが「デビュー以来

事務所が変わっていないこと」。比べると、ナンノは不遇でした。

しかしレコード会社は強かったし、楽曲もよかった。

「ニッポンの編曲家」(DU BOOKS)にてほぼ全員の証言者から

「萩田さんの編曲はすごい」という言葉を引き出した萩田光雄

「飾りじゃないのよ涙は」のアレンジを最後に中森明菜ワークスから

手を引いた萩田氏が次に注力したのが南野陽子です。

山口百恵松田聖子の流れを受けたCBSソニー王道アイドル路線の

後継者として恩に報いたナンノは「作編曲・萩田光雄」の

9th「秋のIndication」でオリコン1位を獲得し、返礼とします。

歌唱力で突出しなかった、「スケバン刑事」「はいからさんが通る

菩提樹」くらいしか主演・主題歌が連動していない

(当時としては少ないです。商売ベタ。ドラマと歌手とで

マネジメント部門が別だったせい?)etc.さまざまな理由から

「今でもカラオケで歌いたくなるような、印象の強い曲がない」

とまで言われてしまうナンノですが、オリコン1位獲得は実に9曲。

小泉今日子工藤静香(各11曲)には追いつけずとも

中山美穂(8曲)、菊池桃子(7曲)を上回っています。

「ジャケ写商法」とも言われましたが、特にガチンコで

全盛期が重なった中山美穂とは、互角以上の勝負となったようです。

あまり知られてないかもですが、

ラストのオリジナルアルバムでは

ほぼ全曲の作詞作曲を手がけていますし、

ライブではギターやキーボードの弾き語りもこなすなど、

後期の音楽活動スタイルは意外と森高にタイプが近い。

ひるがえると「ただのミーハー」「ただのわがまま トラブルメーカー!?」

(歌詞一部引用避け)と、批評的な視点で自己規定しようとするところも

似ていたり?  しかし森高は事務所移籍なしどころか立役者で、

その点は小泉今日子タイプ。

森高がセルフカバー200曲に挑戦できたのは

事務所のバックアップあってのことだと思えますし、

80年代デビュー組の周年イベントの中では、

最も誠実にファンに向き合える環境が整えられており、

かつ実行を果たしました。

一方ナンノは準備期間こそ短期決戦でしたが

デビュー30周年の2015年に、当時とキーを変えずに

シングルメドレー的セットリスト・生演奏でコンサートを開催。

アンコール公演となった2016年6月26日のステージ上で

3日前の49歳のバースデーを祝われ

(18歳の誕生日デビューの時のようにバースデーケーキが登場した)、

その壇上にて「これでもうコンサートは最後」宣言を行います。

歌手活動を不本意な形で奪われてしまったナンノが

自らの手で見事な「落とし前」をつけた形となりました。

この矜持が、今後のナンノの芸能人生を照らしていくことを

心から願っております、いちファンとして。

 

中山美穂=「Rosa」。井上ヨシマサ作曲。名義は一咲。

本人の声があまり出てないけど、この曲自体は、

ダンスなども含め、かっこよかった記憶。

小室をいち早く起用したり、スタッフ(&本人)が

センスよかった。のに、どうしてこうなった。。

月9ヒロイン作品数ナンバー1、TBSでも活躍し、

80年代、90年代、00年代かつ自身が10代、20代、30代と

各世代にわたって主演ドラマ20%超を記録した女優さん。

しかも80年代デビュー組女性ソロでミリオン2曲を出したのは

今井美樹中山美穂だけ。同世代では

91年=薬師丸、94年=斉藤、95年2月=小泉と

歌える主演女優が結婚・芸能活動セーブ期に突入。

95年3月公開の映画「Love Letter」(岩井俊二監督)ヒロインを皮切りに

同世代アラサー女タレントの中で

90年代後半の実績は中山美穂無双だったと記憶する。

同時期、今井美樹はスキャンダルがあったのでね…。

斉藤由貴「はね駒」は86年4~10月の放映でしたが

その直前の時期(~86年3月)に

中山美穂は「毎度おさわがせします2」に出演していました。

3学年違い、ファン層の違いを考えても、なんというギャップ。

それを思うと、90年代後半の歌手部門女優部門の2冠を制覇したも同然の

ミポリンは本当に頑張りました。

だがしかし。同期の斉藤由貴や同学年の森高にくらべて

今の露出の少なさよ。この人もほんの一瞬別事務所にいましたが

ソロデビュー前に移籍、それからずっと同一事務所所属なので

本来ならプッシュしてもらえる立場なのですが、

昨年のデビュー30周年記念イベント系もほとんどなく

これからのリカバリーが最も難しいタレントさんになってしまった印象。

親が離婚した場合、子供は育った国でそのまま過ごす方がよく、

父親がフランスを拠点にするなら親権も父親にある方がよいそうですが。

「子供を必要としない人生」を唱えた山口智子が控えめに言っても

賛否両論なのに対し、中山の選択に「賛」を唱える向きは

ほとんどなく。ただ、20代後半の活躍を思うと仕事は

精力的にこなしていたと思うので、斉藤由貴のような「復活」を

遂げられるかどうか、当分時間をおいて見守りたい感じです。

 

工藤静香=「Blue Rose」。名義は愛絵理

二科展やアクセサリーデザインなど「創作活動」のイメージが強い割に

自作詞シングルは意外と遅く。「中島みゆきが詞を提供」

(今思うとポニキャン渡辺氏つながりなんだが)+歌唱力で

中森明菜と入れ違いに、88年時には最大ヒットを出した

女性アイドルの座を射止めています

(87年=「TANGO NOIR」年間第2位、

88年=「MUGO・ん…色っぽい」年間第5位。

この年は年間トップ3を光GENJIが独占)。

この人は89年のドラマ「叫んでも、聞こえない」の女子生徒役で

卓抜した演技力を見せていたので、

もう少し女優活動も続けていただきたかった。本当にもったいない。

もはや「好感度」とか気にしなくてもまったく平気なポジションに

いるので、勝ち組と言えば勝ち組ですが、ファンとしてはもっと

本人に表舞台に出てきてほしいだろうなぁと思います。

斉藤由貴の例にならえば、子育ても一段落したところで

これから本格復帰もありうるかな…??

 

さて。ここまで書いてきて思ったのですが、

今のアイドル戦国時代において

「自作詞」でシングル切ってるケースって

少ないんじゃないかと。

グループ活動が多いから、できてCWとかアルバム曲とか?

握手会あるし、ダンスレッスンしなきゃだし、SNSあるし。

むしろ、作詞するより「本」出す方が、編集者ほかの手も借りられて

アプローチしやすいかも。(元・も含む)アイドルが

大学受験を突破した本とか、大学での専攻を生かした本とか、

そっちの方がプロフィールにも書きやすいし

「名刺代わり」になるみたいなんだよね。

でも、80年代アイドルをリアルタイムで見てきたおばさんとしては

もっと自作詞を歌ってみてほしいのよね。

いや、歌ってるんだろうけどライトファンでいるうちは、

なかなかお目にかかる機会がないのよね。

80年代にオリコン1位を独占した秋元氏が

まさか30年経っても1位にいるとは予想できませんでした。

ファンにとってのSNSへのニーズなどから考えると、

単に「作詞」に誘導されてないだけだと思うんです。今のアイドルは。

たとえばナンノが「トラブル・メーカー」をリリースした時は

それまでの「ロング・フレアスカート」のイメージから、

「歌詞世界に近い、OLチックなスーツっぽい衣装

(ただしスカートはひざ下丈)」に寄せてきたりとか、

「その瞬間のわたし」を丸ごと体現するための強力な素材に

なるんですよね、自作詞って。その点、グループな時点で

テイストの似た服を全員が着るから「制服」っぽくなってしまうし、

「個」が見えづらくなってしまう。もっとソロシングルはよ!

須藤凜々花ちゃんくらい力のあるテキストを書ける人なら

自作詞ソロとかやってくれそうな気もするんだけど、

作詞はまた別の筋肉使うからなぁ。

とりとめもなくなったところで、この項終わり。

追悼 吉野朔実

驚きました。

最初に読んだのは「少年荒野」を高校生の頃にリアルタイムで。

狩野は自分の2つ下の1970年生まれという設定でした。

85年9月連載開始、狩野は中3の冬に文芸誌で佳作受賞でデビューします。

この頃でいうと「1980アイコ十六歳」で堀田あけみが当時最年少の17歳で

81年に「文藝賞」受賞。

「川べりの道」で鷺沢萠が当時最年少の18歳で

87年に「文學界新人賞」受賞。

その少し前、78年に見延延子「もう頬づえはつかない」、

79年に中沢けい「海を感じる時」と、女子大生作家デビューがあり。

女子中学生作家の誕生も、可能性としてはありえるなーと思わせた時代。

とはいうものの「男の子でありたかった」のであれば、

なぜゆえ腰まで届くような長い髪を維持しているのであろうや…?

そんな雑な疑問と共に読み進めていた記憶

(後に、執筆当時のご本人の髪が、あの長さだったと知りました)。

次作「ジュリエットの卵」もそうでしたが、食べることにはほぼ無関心、

めっちゃ細くてめっちゃ髪の長い、美しい繊細な少女が主人公

(しかも自分の美しさには無頓着)というのが

「リアルにいたら、友達にはなれてない」タイプ。ねたましいので。

それでも! ストーリーが面白いから読んでしまう!! 結果的に、

大人になって何度も読み返すのは「恋愛的瞬間」「いたいけな瞳」と

短編色の強い作品になりました。ちなみに「いたいけな瞳」は

よしながふみフラワー・オブ・ライフ」で「カラスのごめん」

「イチゴフィッシュ」「トールの腎臓」「六つのエメラルド」に連なり

「いただけない瞳」と名を変えて、名作と賞されています。

以下「いたいけな瞳」からひとつ抜粋。

 

不幸によって人格は形成される

たとえばこの皿

好き嫌いはいけないという強迫観念から ←このへんが不幸

ついつい嫌いなものばかり取ってしまう ←このへんが人格

(文庫第2巻第10話「ささやかな不幸」)

 

「恋愛的瞬間」から。

 

恋をしたことがない

それは恥ずかしいことですか?

恋をするのが当然だと思い込んでいませんか?

しなくたっていいんですよ

人が言うほど当たり前じゃないんだから

でなければTVや映画にあれほど恋愛物が多いはずがない

運命の恋人に会った者に他人の物語は必要がないんです

(中略)

それでも他人とつき合うことは出来るし

結婚は出来るし子供も出来るんです

そう 至福ではないにしろ幸福です

本質的事実に気付かなければなおよろしい

しかしあなたのように はず や つもり でつき合えない人間は

むしろ至福を得る可能性が高い

欠乏感が強い方が必要なものを得やすいというのが理屈です

(文庫第1巻第6話「恋をしたことがない」)

 

…ともあれ。

久しぶりに読み返しましたが「吉野節」とでもいうべきロジックは

紛れもなく自分の血肉になっております。

夜が明けたら「月刊flowers」を探しに行かなければ。

吉野さんと杉浦日向子さんは同じ学年の生まれで

自分の10歳上。中学→高校→大学生の頃って、ちょうど自分より

10歳くらい上の方たちが作る創作物にハマるものではないですか。

今年に入ってからだと小山田いくさんといい。

著作を読み返すしか、手向けとしてできることがないのが残念です。

素晴らしい数多くの作品を、本当にありがとうございました。

吉野朔実さんのご冥福をお祈りいたします。

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勝者の名は今井美樹

〜80年代デビュー女性歌手、最大ヒット曲ランキング ベスト58〜
(「58」の理由は後述)


約2年ほど前、「あまちゃん」ブームを受けての
「マスダ80年代女性アイドル論」が「はてな匿名ダイアリー」に投稿され。
その後、個別の歌手についての論評があり
(後日、筆者により「はなぶさときいちプログ」に転載。氏は71年生まれ)。
読んでみて、要は「68年生まれの自分視点で、私も書いてみたい!」と思ったのです。
ただ、おニャン子ブームが苦手だったりとかで自分は知識が偏ってるなーと思ったのと、
ウィキでですが裏取りしながら書き進めてみて
「あ、事実誤認が結構多かった。このままアップするのは危険かも」などの
反省点があり。


とはいうものの、
「80年代女性アイドルで一番売れた曲は?」→
中山美穂の『世界中の誰よりきっと』」!
松田聖子で一番売れた曲は?」→「あなたに逢いたくて」!
という、ネットのQ&Aを見るにつけ
「違う…それは違うぞ! 合ってるけど違うぞ!」という、
忸怩とした思いもあり。


そんなわけで「80年代デビュー女性歌手、最大ヒット曲ランキング」を
作ってみました。ただし、いくつかの自分ルールを設けています。
ついでに雑感も交えて、前書きです。


・カウントは「80年1/1〜89年12/31の歌手デビュー、
ヒット曲発売日は80年1/1〜93年3/31までとする」と区切りました。
これは89年末で切ってしまうと、同年デビュー組が不利なのと、
92年度末までは「バブルな価値観」が続いていたかと思われるためです。
93年度から「就職超氷河期」がスタート、女性ファッションも
「ワンレンボディコンワンピース」→「ピタT・重ね着」へと、大きく変化しました。
このあたり、団塊ジュニアの最大多数=73年生まれが高校を卒業し、
自分のおこづかいで服を買うようになっていったのと
機を同じくしているなーと思っていますが、それは余談。
つまり80年代の気分は89年12/31で遮断されたわけではなかったということです。


・「両A面」…松田聖子の84年作品「ガラスの林檎Sweet Memories」だけは
参考記録とさせていただきました。
サントリーのCM注目後に「両A面」売りで新ジャケットになったりしたので
これはシングル連続2曲分の売上に限りなく近いでしょ、という当時の印象。



・女性ボーカルバンドは入れてます。
ドリカム・レベッカを外すわけにはいきませんので。
ただしバービーボーイズは「混声」なので除外。


・「何の曲だったのか」を明記しました。
ついでに、わかる範囲での豆知識も追記。
たとえば「秋元康オリコン初1位獲得」など。
ウィキれば書いてあることばかりです。
そもそもの売上枚数は、あちこちググッたので
これでだいたい合ってるはず…。
恐縮ですが、演歌は除外しました。ので
松村和子「帰ってこいよ」は入ってません。
一番だけなら、今でも歌詞見ずに歌えますけどね。
あと「この人抜けてるじゃん」と言われそうな
竹内まりやと杏里は、70年代デビューなので外してます。
杉田かおるは子役からキャリアが途切れず
「80年代デビュー」とは言いがたかったので外しました。
鳥の詩阿久悠の名作ですけどね…と書いてみて
下記のランキングでは阿久悠不在という事実に愕然。
松本隆がトリビュートなどで華々しく今日でも活躍する中、
阿久悠が「女性アイドルヒットメーカー」であった時期は
70年代で終わっていたのだなぁと、ちょっとしんみりした気持ちです。


いちいちクリックして飛ぶのが(自分は)面倒&
個人ブログだから俺ルール発動ということで
ひたすらスクロールしていただければ
最後まで読めるよ! という親切設計(そうか?)。
なぜ「今日アップせねば!」と思ったかというと、
表題どおり、80年代デビュー組女性歌手の売上最大勝者は今井美樹でした。
しかしそれは過去の栄光にとどまらず
昨日、6年ぶりのオリアル発売、「TOKYOーFM」ジャック。
そして86年5/21「黄昏のモノローグ」で歌手デビュー、つまり
今日でデビュー30周年となります。
書店に行けば「ミセス」6月号表紙
(3年続いた連載「ロンドン便り」は最終回だそうですが)、
今週月曜発売「AERA27周年記念号」でも表紙&インタビュー…と。
昨年の「いいとも!」終了時に、逆説的に
「実は80年代に発生したフォーマットは、
2010年代を迎えた今でも通用してしまっているのではないか?
それに替わる、新しいものが生み出せていないのではないか?」
という論評が頻出したような気がします。
女性歌手もそうだったのかなと。それがダメとは言ってない。むしろイイ。
ところで、アイドルデビューがスタートであっても
女優活動にシフトしていくタレントさんが多い中、
最初から女優スタートだった薬師丸ひろ子原田知世の名はあれど
男性目線とおぼしき「80年代女性アイドル論」のほとんどに
今井美樹の名前が挙がってきていません。
「そうかもしれんが待て待て、『聖子ちゃんカット』に勝るとも劣らず
女性ファッションに影響を与えたアイコンなのに」と思っていたので
このランキングは「女性アイドル・歌手」という枠取りにしています。
男性ファンも多いのにー。なぜ? モデルスタートだから??
今井美樹をアイドルとして認めよ」という気持ちではなく、
彼女に限らず「売上数」を基点に、世間全般の支持数的なものを知りたくて
一覧にしてみました。そんなこんなで、以下どうぞ。
※名前の後の(00年)はデビュー年を指します。


1位 今井美樹(86年)
1991.11/7発売「PIECE OF MY WISH」/125.4万枚/
作詞:岩里祐穂、作曲:上田知華 、編曲:佐藤準
TBS金10「あしたがあるから」主題歌、
主演 本人・石橋凌福山雅治 初連ドラレギュラー) 脚本 内館牧子
★最大ヒット=1996.11/04発売「PRIDE」/162.3万枚/
フジ木10「ドク」主題歌※主演 安田成美・香取慎吾


2位 PRIENCESS PRIENCESS(85年)
1989.4/21発売「Diamonds」 /109.7万枚/
作詞:中山加奈子、作曲:奥居香 、編曲:PRIENCESS PRIENCESS
ソニー「オーディオテープ」CMソング※本人出演、89年オリコン年間売上第1位


3位 DREAMS COME TRUE(89年)
1992.9/19発売「決戦は金曜日/太陽が見てる」 /107.0万枚/
両曲とも作詞・作曲:吉田美和、編曲:中村正人
前者がフジ金23「うれしたのし大好き」オープニングテーマ、
後者は富士フイルムCMソング
★最大ヒット=1995.7/24発売「LOVE LOVE LOVE/嵐が来る」 /248.8万枚/
TBS金22「愛していると言ってくれ」主題歌
※主演 豊川悦司常盤貴子 ※95年オリコン年間売上第1位


4位 沢田知可子(87年)
1990.6/27発売「会いたい」 /105.6万枚/
作詞:沢ちひろ、作曲:財津和夫、編曲:芳野藤丸
テレ朝「トゥナイト」エンディングテーマ


5位 小泉今日子(82年)
1991.5/21発売「あなたに会えてよかった」/105.4万枚/
作詞:小泉今日子、作曲・編曲:小林武史
TBS金9「パパとなっちゃん」主題歌、主演 本人・田村正和 脚本 山元清多


6位 あみん(82年)
1982.7/21発売(デビュー曲)「待つわ」/101.8万枚/
作詞・作曲:岡村孝子、編曲:萩田光雄
※ノンタイアップ・第23回ヤマハポプコングランプリ受賞・82年オリコン年間売上第1位


7位 わらべ(82年)
1983.12/21発売「もしも明日が…。」/96.9万枚/
作詞:荒木とよひさ、作曲:三木たかし、編曲:佐藤準
テレ朝「欽ちゃんのどこまでやるの!?」挿入歌・84年オリコン年間売上第1位


8位 小林明子(84年)
1985.8/31発売「恋におちて-Fall in Love-」/95.6万枚/
作詞:湯川れい子、作曲:小林明子、編曲:萩田光雄
TBS金22「金曜日の妻たちへⅢ・恋におちて」主題歌
※主演 古谷一行いしだあゆみ 脚本 鎌田敏夫


9位 平松愛理(89年)
1992.3/21発売「部屋とYシャツと私」/93.1万枚/
作詞・作曲:平松愛理、編曲:清水信之
※ノンタイアップ・第34回日本レコード大賞作詞賞受賞


10位 薬師丸ひろ子(81年)
1981.11/21発売(デビュー曲)「セーラー服と機関銃」/86.5万枚/
作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:星勝
角川映画セーラー服と機関銃」主題歌、本人主演


11位 辛島美登里(89年)
1990.11/7発売「サイレント・イヴ」/80.0万枚/
作詞・作曲:辛島美登里、編曲:若草恵
TBS金21「クリスマス・イブ」主題歌※主演 仙道敦子吉田栄作 脚本 内館牧子


12位 松田聖子(80年)
1980.10/1発売「風は秋色/Eighteen」/79.6万枚/
両曲とも作詞:三浦徳子、編曲:信田かずお、作曲:小田裕一郎(「風は秋色」)、
平尾昌晃(「Eighteen」)。前者が資生堂「エクボ ミルキィフレッシュ」CMソング、
後者は「レッツゴーヤング」(NHK)にて展開
★最大ヒット=1996.4/22発売「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」/110.1万枚/
テレ朝「ビートたけしのTVタックル」主題歌
★休業前最大ヒット(前述の理由によりカウントから除外)
=1983.8/1発売「ガラスの林檎Sweet Memories」/85.7万枚/
後者がサントリー「CANビール」CMソング。


13位 中森明菜(82年)
1982.11/10発売「セカンド・ラブ」/76.6万枚
作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:萩田光雄 ※ノンタイアップ


14位 中山美穂(85年)
1991.11/01発売「遠い街のどこかで…」/67.3万枚/
作詞:渡邉美佳、作曲・編曲:中崎英也
フジ月9「逢いたい時にあなたはいない…」主題歌、主演 本人・大鶴義丹 脚本 伴一彦
★最大ヒット=「中山美穂WANDS」名義で1992.10/28発売
世界中の誰よりきっと」/183.3万枚/
フジ水9「誰かが彼女を愛してる」主題歌。
単独名義では1994.2/09発売「ただ泣きたくなるの」/104.8万枚/
TBS金9「もしも願いが叶うなら」主題歌、主演 本人・浜田雅功 脚本 遊川和彦


15位 Wink(88年)
1988.11/16発売「愛が止まらない」/64.5万枚/
作詞・作曲: Mike Stock・Matt Aitken・Pete Waterman、日本語詞:及川眠子、編曲:船山基紀
フジ水8「追いかけたいの!」主題歌※主演 南野陽子野村宏伸
宮沢りえ 初連ドラレギュラー) 脚本 金谷祐子大久保昌一良


16位 工藤静香(87年ソロデビュー)
1993.2/3発売「慟哭」/93.9万枚/
作詞:中島みゆき、作曲・編曲:後藤次利
フジ月9「あの日に帰りたい」主題歌※主演 菊池桃子保坂尚輝
工藤はヒロインの妹役 脚本 君塚良一


17位 原田知世(82年)
1983.4/21発売「時をかける少女」/58.7万枚/
作詞・作曲:松任谷由実、編曲:松任谷正隆
角川映画時をかける少女」主題歌、主演 本人・高柳良一尾美としのり


18位 石井明美(86年)
1986.8/14発売(デビュー曲)「CHA-CHA-CHA」/58.1万枚/作詞:G.BOIDO、日本語訳詞:
今野雄二、作曲:B.REITANO, B.ROSELLINI, F.BALDONI, F.REITANO、編曲:戸塚修
TBS金21「男女7人夏物語」主題歌※主演 明石家さんま大竹しのぶ 脚本 鎌田敏夫
86年オリコン年間売上第1位


19位 永井真理子(87年)
1990.10/24発売「ZUTTO」/54.6万枚/
作詞:亜伊林三浦徳子ペンネーム)、作曲:根岸貴幸
フジ「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」エンディングテーマ


20位 Sugar(81年)
1981.11/21発売(デビュー曲)「ウエディング・ベル」/48.5万枚/
作詞・作曲:古田喜昭、編曲:平野融 ※ノンタイアップ


21位 杉村尚美(81年ソロデビュー)
1981.1/25発売「サンセット・メモリー」/46.1万枚/
作詞:竜真知子、作曲・編曲:木森敏之
日テレ火9「炎の犬」主題歌


22位 渡辺美里(85年)
1986.1/21発売「My Revolution」/44.5万枚/
作詞:川村真澄、作曲:小室哲哉、編曲:大村雅朗
TBS金20「セーラー服通り」主題歌※主演 石野陽子小堺一機 脚本 牛次郎ほか


23位 葛城ユキ(80年)
1983.5/21発売「ボヘミアン」/41.4万枚/
作詞:飛鳥涼、作曲:井上大輔 ※ノンタイアップ


24位 斉藤由貴(85年)
1989.4/21発売「夢の中へ」/40.8万枚/
作詞・作曲:井上陽水、編曲:崎谷健次郎
日テレ「湘南物語 マイウェイマイラブ」主題歌※主演 本人・藤達也、
NECパーソナルコンピューターCMソング


24位 山下久美子(80年)
1982.4/01発売「赤道小町ドキッ」/40.8万枚/
作詞:松本隆、作曲:細野晴臣、編曲:大村憲司
カネボウ化粧品'82 夏のプロモーション・イメージソング


26位 浜田麻里(83年)
1989.4/19発売「Return to Myself 〜しない、しない、ナツ」/40.7万枚/
作詞:浜田麻里、作曲・編曲:大槻啓之、編曲:ランディ・カーバー、グレッグ・エドワード
カネボウ化粧品'89 夏のプロモーション・イメージソング、イメージガール大塚寧々


27位 菊池桃子(84年)
1985.2/27発売「卒業-GRADUATION-」/39.4万枚/
作詞:秋元康、作曲・編曲:林哲司
日テレ水曜ロードショー(単発ドラマ)主題歌
※主演 本人・岸田智史秋元康初のオリコン1位獲得作品


28位 柏原芳恵(80年)
1981.10/15発売「ハロー・グッバイ」/38.2万枚/
作詞:喜多条忠、作曲:小泉まさみ、編曲:竜崎孝路 ※ノンタイアップ


29位 中村あゆみ(84年)
1985.4/21発売「翼の折れたエンジェル」/37.8万枚/
作詞・作曲・編曲:高橋研 日清カップヌードルCMソング


29位 GO-BANG’S(88年)
1989.12/27発売「あいにきて I・NEED・YOU!」/37.8万枚/
作詞・作曲:森若香織、編曲:白井良明
アルペンCMソング※出演 松本典子真木蔵人


31位 ジューシィ・フルーツ(80年)
1980.6/1発売(デビュー曲)「ジェニーはご機嫌ななめ」/36.9万枚/
作詞:沖山優司、作曲:近田春夫 ※ノンタイアップ


32位 伊藤つかさ(81年)
1981.9/1発売(デビュー曲)「少女人形」/36.2万枚/
作詞:浅野裕子、作曲:南こうせつ、編曲:船山基紀 ※ノンタイアップ


33位 TOM★CAT(84年)
1984.11/14発売(デビュー曲)「ふられ気分でRock'n Roll」/35.5枚/
作詞・作曲:TOM、編曲:Light House
第28回ヤマハポピュラーソングコンテストグランプリ受賞曲、
第15回世界歌謡祭グランプリ受賞曲


34位 河合奈保子(80年)
1983.6/1発売「エスカレーション」/34.9万枚/
作詞:売野雅勇、作曲:筒美京平、編曲:大村雅朗 ※ノンタイアップ
(のちに東宝居酒屋兆次」劇中歌に採用される※主演 高倉健


35位 松本伊代(81年)
1981.10/21発売(デビュー曲)「センチメンタル・ジャーニー」/34.3万枚/
作詞:湯川れい子、作曲:筒美京平、編曲:鷺巣詩郎
ロッテ「ガーナチョコレート」CMソング※本人出演


36位 河合その子(85年ソロデビュー)
1986.3/21発売「青いスタスィオン」/34.1万枚/
作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利 森永製菓「HI-SOFT」CMソング※本人出演


37位 宮沢りえ(89年)
1989.9/15発売(デビュー曲)「ドリームラッシュ」/34.1万枚/
作詞:川村真澄、作曲・編曲:小室哲哉※ノンタイアップ


38位 三原順子(80年)
1980.9/21発売(デビュー曲)「セクシー・ナイト」/32.5万枚/
作詞:亜蘭知子、作曲・編曲:長戸大幸 ※ノンタイアップ


39位 荻野目洋子(84年)
1985.11/21発売「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」/32.4万枚/
作詞・作曲:A.Kate-T.Baker、日本語訳詞:篠原仁志、編曲:馬飼野康二 ※ノンタイアップ


40位 新田恵利(86年ソロデビュー)
1986.1/1発売(デビュー曲)「冬のオペラグラス」/32.0万枚/
作詞:秋元康、作曲・編曲:佐藤準
※フジ「なるほどザ・ワールド」エンディングテーマ・
オリコン史上初の「デビューシングルで初登場1位を獲得した女性歌手」となる
なお「デビューシングルで初登場1位を獲得した男性歌手」は
1980.12/12発売 近藤真彦スニーカーぶる〜す」/104.7枚


41位 JITTERIN' JINN(89年)
1990.6/21発売「にちようび」/31.9万枚/
作詞・作曲・編曲:破矢ジンタ ※ノンタイアップ


42位 国生さゆり(86年ソロデビュー)
1986.2/1発売(デビュー曲)「バレンタイン・キッス」/31.7万枚/
作詞:秋元康、作曲:瀬井広明、編曲:佐藤準
フジ「月曜ドラマランド」エンディングテーマ


43位 高樹澪(81年)
1982.7/21発売「ダンスはうまく踊れない」/31.3万枚/
作詞・作曲:井上陽水 TBS「金曜ミステリー劇場」主題歌


44位 うしろゆびさされ組(85年)
1986.1/21発売「バナナの涙」/31.0万枚/
作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利
フジ「ハイスクール奇面組」エンディングテーマ


45位 森高千里(87年)
1993.1/25発売「渡良瀬橋/ライター志望」/30.9万枚/
前者がテレ東「いい旅・夢気分」エンディングテーマ、
後者はテレ朝「クイズ!純粋男女交遊」エンディングテーマ
★最大ヒット=1995.2/10発売「二人は恋人」/44.4万枚/
日テレ水10「恋も2度目なら」主題歌※主演 明石家さんま葉月里緒菜


46位 REBECCA(84年)
1985.10/21発売「フレンズ/ガールズ ブラボー!」/30.7万枚/
両曲とも作詞:NOKKO、作曲:土橋安騎夫、編曲:レベッカ
前者が日テレ水9「ハーフポテトな俺たち」エンディングテーマ、後者はオープニングテーマ
※主演 中山秀征・香坂みゆき今井美樹 連ドラ3作目)脚本 桃井章ほか


47位 南野陽子(85年)
1988.2/26発売「吐息でネット」/30.4万枚/
作詞:田口俊、作曲:柴矢俊彦、編曲:萩田光雄
カネボウ化粧品'88 春のプロモーション・イメージソング※本人出演


48位 森口博子(85年)
1991.2/5発売「ETERNAL WIND〜ほほえみは光る風の中〜」/28.5万枚/
作詞:西脇唯、作曲:西脇唯・緒里原洋子、編曲:門倉聡
松竹「機動戦士ガンダムF91」エンディングテーマ


49位 おニャン子クラブ(85年)
1986.2/21発売「じゃあね」/28.1万枚/
作詞:秋元康、作曲:高橋研、編曲:佐藤準 ※ノンタイアップ


50位 吉沢秋絵(85年)
1986.3/1発売(デビュー曲)「季節はずれの恋」/28.0万枚/
作詞:秋元康、作曲:山梨鐐平
フジ「スケバン刑事Ⅱ 少女鉄仮面伝説」挿入歌※B面おニャン子クラブ「会員番号の唄」


51位 浅香 唯(85年)
1988.4/20発売「C-Girl」/27.8万枚/
作詞:森雪之丞、作曲:NOBODY、編曲:井上鑑
カネボウ化粧品'88 夏のプロモーション・イメージソング※本人出演
参考記録=1987.10/14発売「Remember」(「風間三姉妹」名義)/15.3万枚/
フジ「スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇」主題歌 


52位 飯島真理(83年)
1984.6/5発売「愛・おぼえていますか」/27.1万枚/
作詞:安井かずみ、作曲:加藤和彦、編曲:清水信之
東宝 劇場版「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」主題歌※リン・ミンメイ役


53位 早見 優(82年)
1983.4/1発売「夏色のナンシー」/26.9万枚/
作詞:三浦徳子、作曲:筒美京平、編曲:茂木由多加
「コカ・コーラ」CMソング※本人出演


54位 EPO(80年)
1983.4/5発売「う、ふ、ふ、ふ」/26.3万枚/
作詞・作曲:EPO、編曲:清水信之
資生堂'83 春のキャンペーンソング


55位 椎名 恵(86年)
1986.1/1発売(デビュー曲)「今夜はANGEL」/26.3万枚/
作詞・作曲:Jim Steinman、日本語詞:椎名恵、補作詞:三浦徳子、編曲:戸塚修
フジ水8「ヤヌスの鏡」主題歌※主演 杉浦幸山下真司 脚本 江連卓


56位 本田美奈子(85年)
1986.2/5発売「1986年のマリリン」/24.9万枚/
作詞:秋元康、作曲:筒美京平、編曲:新川博
※ノンタイアップ


57位 岩崎良美(80年)
1985.3/21発売「タッチ/君がいなければ」/24.7万枚/
両曲とも作詞:康珍化、作曲・編曲:芹澤廣明
前者がフジ「タッチ」オープニングテーマ、後者はエンディングテーマ


58位 岡田有希子(84年)
1986.1/29発売「くちびるNetwork」/23.1万枚/
作詞:Seiko(松田聖子)、作曲:坂本龍一、編曲:かしぶち哲郎

カネボウ化粧品'86 春のプロモーション・イメージソング※出演 沢口靖子


酒井法子(87年)※参考記録
★最大ヒット=1995.5/10発売「碧いうさぎ」/99.7万枚/
日テレ水10「星の金貨」主題歌※主演 本人・大沢たかお竹野内豊
80年代最大ヒット=1989.4/26発売「Love Letter」/9.1万枚/
ライオンBan16シリーズ 89年度イメージソング


久保田早紀(79年)※参考記録
★最大ヒット=1979.10/1発売(デビュー曲)「異邦人」/144.4万枚/
作詞・作曲:久保田早紀、編曲:萩田光雄
三洋電機「くっきりタテ7」「太陽光発電」CMソング※80年オリコン年間売上第2位


これにてランキング終了です。レコード→CDへの切り替え期と重なるため、
87年を底にして、80年代中期は売上枚数が全般的に低めに出ています。
以下、再び雑感。


久保田早紀は、10/1発売なら、賞レースだと翌年の80年にカウントされる日付です。
そうなると、売上もダントツ1位なのですが、終わりを92年度末まで
引っ張っていることもあり「80年代デビュー」というスタートは厳密に区切りました。
なお「ザ・ベストテン」79年12/27〜1/17放映分まで1位を獲得、80年代の幕開けに
最も多く人々の耳に届いていた曲が「異邦人」であることは、間違いありません。
ノリピーは本当に参考記録です。「80年代アイドル」<「90年代からの女優」さんかと。
全般的に「ヒロインがドラマ or 映画の主題歌を歌う」というフォーマットが鉄板
(だから80年代はアイドル主演の怪作ドラマもいっぱいあった)ということも
上記のデータから、よくわかります。
思うに、ノンタイアップで最大ヒット曲を出せている人は
「歌がうまい人だ!」「楽曲のチカラもすごかった!」(えてして両方)という印象。
具体的には中森明菜、柏原よしえ、平松愛理など。
一方、伊藤つかさ宮沢りえのようにドラマ・バラエティ露出からの待望デビュー
というケースもありますが、個人的にうなったのは、コンテスト応募曲で優勝し、
ノンタイアップながら、その年の年間最大ヒットをミリオン規模でかっ飛ばしてみせた
「あみん」…。昨日までは市井の女子大生2人組だったのが、実績スゴすぎ…。
01年放映の「探偵ナイトスクープ」で
「アラサー女性は全員、ピンク・レディーの『UFO』を踊れるか?」というお題があり、
案の定全員踊れたそうですが、それに
「『UFO』が踊れる人たちは、友達といっしょに『待つわ』をハモったことがある」と
付け加えたい。ぜひに。あの中島みゆき谷山浩子をもANNでハモらせてるんだから、
この曲のチカラ、ハンパない。
そしてなぜ「ベスト58」かというと、堀越学園3年D組の2人がほぼ同順位で並んだのを
受けて「歌手名=ヒット曲=サビのフレーズ」が迷いなく一致するのは
このあたりまでかなーと。ちなみに59位は渡辺典子「花の色」ですが
C/Wの「少年ケニヤ」の方が楽曲披露は多かったのではないかと記憶。
角川三人娘の中では一番の美形、という評価も揺るぎなく、
個人的に何の他意もありませんが
「口移しに~(歌詞引用避け)♪」のフレーズが、2015年現在
人口に膾炙しているかというと、ビミョーだなと思ったので。
なので「あの子の名前が挙がってない」とご不満の方には、なんとなくすみません…。


そのうち「80年代アイドル神8+森高千里」個別記事を書きたいでーす。
この項終わり。

斉藤由貴デビュー30周年コンサートに行ってきた!

だいーぶあれから時間が経ちましたが表題の件。
3/14土 斉藤由貴デビュー30周年記念コンサート
「ゲスト:谷山浩子」の回に行って参りました。至福。

「好きな歌手」のコンサートにたいてい1度は足を運んでいるのですが、
サイトーさんは初参戦でした。
思えば25周年コンサートの際、チケット取ってたのに
行くのスッパリ忘れてた、という惨劇から早4年
(その時もヒロコさん回を取っていた)。
あーあの時はギリギリ震災前だったのね…ついにリベンジでございます。
率直な感想。曲のラインナップ(25周年の時は「SORAMIMI」歌ったとか)といい
パンフレットといい、やはり目の前にあった機会は逃しちゃいけなかったのね、
という教訓に。でも土曜日の夜に生「土曜日のタマネギ」が聴けたのは大満足でした。
現役アイドル時代とは、そりゃまったく同じではないですが
声は当初予想よりよく響いてきました。
そして前回のアルバムで「おうちでかくれんぼ」ほか、
今回のアルバムでも「窓あかり」とヒロコさん提供曲があったわけですが、
割とオーダーから全然違う曲を打ち返しているんですよね。
「銀河通信」調をリクエストされて「のらねこ」とか。
今回も「恋の歌」がテーマの1枚なのに「窓あかり」とか
(「よその子」や「家族の食卓」を連想させる情景)。
はてはて、と思っていましたがゲストトークを聞いたことで、
ヒロコさんのもくろみはさておき、個人的には腑に落ちるものがありました。
(記憶による意訳)
「あの、まだ10代だった、生意気だった、不安定だった由貴ちゃんが
いつの間にか結婚して子供を産んで、しっかりお母さんになっている。
お子さんのお弁当を作るために朝5時起きしているという。
なんというか、私と同じカテゴリーにいるかと思っていたのに
『あっちの世界』へ行ってしまったというか」。
個人的には「初恋の人と大人になって再会して、結婚した」というヒロコさんこそ
「この人は結婚しないだろう」と勝手に思っていた私からすれば十分
「あっちの世界」に行った人なわけですが(それも「初恋の人」と結婚!)。
…話を戻します。
で、コンサートが終わったあたりから怒濤のように「30周年記念インタビュー」が
ネットニュースに流れて、そこでもだいたい「子供の話」は出てきていて。
うーん、これだけ「プライベートではよき母」像が出ているところで
本人が歌手として「恋の歌」を歌いたかったとしても、
スタンダードナンバーを英語で歌うまでならともかくオリジナルの日本語詞だと
生身の斉藤由貴と切り分けて鑑賞するのが難しいかな、と思ったのです。
役柄ならね、ワンクッション入るんですが。
自作詞の高水準が褒めそやされるサイトーさんですが、当時の恋愛話が
ほぼリアルタイムで反映されている歌詞もあったりで、
やはり「叙情」の人なんですよ。「叙事」ではなく。
今「サイトーさんが歌うラブソング」を聞いても
「はいはいイケメンダンナのノロケノロケ」と思ってしまいそうで
(ダンナLOVEを語っているインタビューは「斉藤由貴 はまれぽ」で検索!)。
「ダンナ愛をのろけて何が悪い」という向きもありましょうが、
個人的には武部聡志編曲時代(シングル「ORACION」、アルバム「TO YOU」まで、
つまり88年末までですね)の楽曲の方が、いろいろと抑制が効いていると思うので。
まぁ好みの問題です。。
もうしばらくは「母な歌」が続くのかな。その後のサイトーさんも見てみたいですが。

余談だが、マイナビニュース3/22掲載の斉藤由貴インタビューで
演じた中で好きな作品を問われて、1作目に92年2/18放映カネボウヒューマンスペシャ
「終(つい)の夏かは」を挙げている。女性を対象としたノンフィクションコンテストで
大賞を受賞した筆者の古越富美恵さんは悪性腫瘍で12歳の時に片足を切断。
経験を踏まえ「人の役に立ちたい」と医療ソーシャルワーカーとして自立するも、
後に乳がん発覚、さらに転移。
「これが人生最後の夏かもしれない」という予感と覚悟の中。
患者を支える立場である職業人と、患者の立場になった自身と、2つの視点を重ねつつ
家族や友人に自分の死を受け入れてもらうために執筆、大賞を得た。
大賞受賞は91年3月、そして91年10月に逝去。
生前、受賞式の際「自分の結婚式はないと思うので、この場を借りて」と前置きして、
渡された花束をともに出席していた両親に「花束贈呈」していた様子が、
裏話として放映された。
斉藤も本人役を熱演。連ドラではなく、単発の2時間ドラマだったが、検索すると、
「1回しか見ていないのに」と前置きしつつ当時の感想を書いているブログが
いくつか散見されるほどに、見る者の感慨を残した作品となった。
同年3/29放映の、やはりドキュメンタリー
「別離の歌〜飛騨高山の早春賦・「白線流し」〜」では
斉藤はナレーションを務めている。
舞台はドラマ「白線流し」の元ネタである斐太高等学校。
生徒たちを追ったその青春群像の中に
「踏切事故で亡くした彼女を、守ってあげられなかったから」
という理由で自衛隊に入隊する男子生徒がいた。
斉藤の冒頭のナレーションはこうだ。


思い出してください。
あの日、
あの別れの日を。
そして、あの旅立ちの日を……。


92年、早春。
「終の夏かは」「別離の歌」。
長いキャリアの中で偶然にも、死の影をまとった作品が続いてしまった。
そんな時期があったことを、
劇場を駆け回り「悲しみよ こんにちは」を歌う斉藤由貴を見ながら、
ぼんやりと思い出していた。
今が元気なら、それでいいのです。それだけでいいのです。