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とことこ編集者雑記

47歳バツなし独身乙女座A型トイプーふたご飼い。出版社勤務ですが編集部門から離れた、のか? とりあえずはてなブログにお引っ越し

追悼 吉野朔実

驚きました。

最初に読んだのは「少年荒野」を高校生の頃にリアルタイムで。

狩野は自分の2つ下の1970年生まれという設定でした。

85年9月連載開始、狩野は中3の冬に文芸誌で佳作受賞でデビューします。

この頃でいうと「1980アイコ十六歳」で堀田あけみが当時最年少の17歳で

81年に「文藝賞」受賞。

「川べりの道」で鷺沢萠が当時最年少の18歳で

87年に「文學界新人賞」受賞。

その少し前、78年に見延延子「もう頬づえはつかない」、

79年に中沢けい「海を感じる時」と、女子大生作家デビューがあり。

女子中学生作家の誕生も、可能性としてはありえるなーと思わせた時代。

とはいうものの「男の子でありたかった」のであれば、

なぜゆえ腰まで届くような長い髪を維持しているのであろうや…?

そんな雑な疑問と共に読み進めていた記憶。作画上の都合でしょうか。

次作「ジュリエットの卵」もそうでしたが、食べることにはほぼ無関心、

めっちゃ細くてめっちゃ髪の長い、美しい繊細な少女が主人公

(しかも自分の美しさには無頓着)というのが

「リアルにいたら、残念ながら友達にはなれてない」タイプ。

それでも! ストーリーが面白いから読んでしまう!! 結果的に、

大人になって何度も読み返すのは「恋愛的瞬間」「いたいけな瞳」と

短編色の強い作品になりました。ちなみに「いたいけな瞳」は

よしながふみフラワー・オブ・ライフ」で「カラスのごめん」

「イチゴフィッシュ」「トールの腎臓」「六つのエメラルド」に連なり

「いただけない瞳」と名を変えて、名作と賞されています。

以下「いたいけな瞳」からひとつ抜粋。

 

不幸によって人格は形成される

たとえばこの皿

好き嫌いはいけないという強迫観念から ←このへんが不幸

ついつい嫌いなものばかり取ってしまう ←このへんが人格

(文庫第2巻第10話「ささやかな不幸」)

 

「恋愛的瞬間」から。

 

恋をしたことがない

それは恥ずかしいことですか?

恋をするのが当然だと思い込んでいませんか?

しなくたっていいんですよ

人が言うほど当たり前じゃないんだから

でなければTVや映画にあれほど恋愛物が多いはずがない

運命の恋人に会った者に他人の物語は必要がないんです

(中略)

それでも他人とつき合うことは出来るし

結婚は出来るし子供も出来るんです

そう 至福ではないにしろ幸福です

本質的事実に気付かなければなおよろしい

しかしあなたのように はず や つもり でつき合えない人間は

むしろ至福を得る可能性が高い

欠乏感が強い方が必要なものを得やすいというのが理屈です

(文庫第1巻第6話「恋をしたことがない」)

 

…ともあれ。

久しぶりに読み返しましたが「吉野節」とでもいうべきロジックは

紛れもなく自分の血肉になっております。

夜が明けたら「月刊flowers」を探しに行かなければ。

吉野さんと杉浦日向子さんは同じ学年の生まれで

自分の10歳上。中学→高校→大学生の頃って、ちょうど自分より

10歳くらい上の方たちが作る創作物にハマるものではないですか。

今年に入ってからだと小山田いくさんといい。

著作を読み返すしか、手向けとしてできることがないのが残念です。

素晴らしい数多くの作品を、本当にありがとうございました。

吉野朔実さんのご冥福をお祈りいたします。

勝者の名は今井美樹

80年代女性アイドル・歌手

〜80年代デビュー女性歌手、最大ヒット曲ランキング ベスト58〜
(「58」の理由は後述)


約2年ほど前、「あまちゃん」ブームを受けての
「マスダ80年代女性アイドル論」が「はてな匿名ダイアリー」に投稿され。
その後、個別の歌手についての論評があり
(後日、筆者により「はなぶさときいちプログ」に転載。氏は71年生まれ)。
読んでみて、要は「68年生まれの自分視点で、私も書いてみたい!」と思ったのです。
ただ、おニャン子ブームが苦手だったりとかで自分は知識が偏ってるなーと思ったのと、
ウィキでですが裏取りしながら書き進めてみて
「あ、事実誤認が結構多かった。このままアップするのは危険かも」などの
反省点があり。


とはいうものの、
「80年代女性アイドルで一番売れた曲は?」→
中山美穂の『世界中の誰よりきっと』」!
松田聖子で一番売れた曲は?」→「あなたに逢いたくて」!
という、ネットのQ&Aを見るにつけ
「違う…それは違うぞ! 合ってるけど違うぞ!」という、
忸怩とした思いもあり。


そんなわけで「80年代デビュー女性歌手、最大ヒット曲ランキング」を
作ってみました。ただし、いくつかの自分ルールを設けています。
ついでに雑感も交えて、前書きです。


・カウントは「80年1/1〜89年12/31の歌手デビュー、
ヒット曲発売日は80年1/1〜93年3/31までとする」と区切りました。
これは89年末で切ってしまうと、同年デビュー組が不利なのと、
92年度末までは「バブルな価値観」が続いていたかと思われるためです。
93年度から「就職超氷河期」がスタート、女性ファッションも
「ワンレンボディコンワンピース」→「ピタT・重ね着」へと、大きく変化しました。
このあたり、団塊ジュニアの最大多数=73年生まれが高校を卒業し、
自分のおこづかいで服を買うようになっていったのと
機を同じくしているなーと思っていますが、それは余談。
つまり80年代の気分は89年12/31で遮断されたわけではなかったということです。


・「両A面」…松田聖子の84年作品「ガラスの林檎Sweet Memories」だけは
参考記録とさせていただきました。
サントリーのCM注目後に「両A面」売りで新ジャケットになったりしたので
これはシングル連続2曲分の売上に限りなく近いでしょ、という当時の印象。
で、両A面頻出が聖子たんとドリカム、レベッカ。意外にも森高千里
なんとなく森高だけ理由が違うような気がしなくもないですが
これはタイアップが引きも切らず現象でもあり、
単純に「売上枚数」では計れないという…って
あんまり深掘りすると、このランキングが意味なくなるー。


・女性ボーカルバンドは入れてます。
ドリカム・レベッカを外すわけにはいきませんので。
ただしバービーボーイズは「混声」なので除外。


・「何の曲だったのか」を明記しました。
ついでに、わかる範囲での豆知識も追記。
たとえば「秋元康オリコン初1位獲得」など。
ウィキれば書いてあることばかりです。
そもそもの売上枚数は、あちこちググッたので
これでだいたい合ってるはず…。
恐縮ですが、演歌は除外しました。ので
松村和子「帰ってこいよ」は入ってません。
一番だけなら、今でも歌詞見ずに歌えますけどね。
あと「この人抜けてるじゃん」と言われそうな
竹内まりや杏里は、70年代デビューなので外してます。
杉田かおるは子役からキャリアが途切れず
「80年代デビュー」とは言いがたかったので外しました。
鳥の詩阿久悠の名作ですけどね…と書いてみて
下記のランキングでは阿久悠不在という事実に愕然。
松本隆がトリビュートなどで華々しく今日でも活躍する中、
阿久悠が「女性アイドルヒットメーカー」であった時期は
70年代で終わっていたのだなぁと、ちょっとしんみりした気持ちです。


いちいちクリックして飛ぶのが(自分は)面倒&
個人ブログだから俺ルール発動ということで
ひたすらスクロールしていただければ
最後まで読めるよ! という親切設計(そうか?)。
なぜ「今日アップせねば!」と思ったかというと、
表題どおり、80年代デビュー組女性歌手の売上最大勝者は今井美樹でした。
しかしそれは過去の栄光にとどまらず
昨日、6年ぶりのオリアル発売、「TOKYOーFM」ジャック。
そして86年5/21「黄昏のモノローグ」で歌手デビュー、つまり
今日でデビュー30周年となります。
書店に行けば「ミセス」6月号表紙
(3年続いた連載「ロンドン便り」は最終回だそうですが)、
今週月曜発売「AERA27周年記念号」でも表紙&インタビュー…と。
昨年の「いいとも!」終了時に、逆説的に
「実は80年代に発生したフォーマットは、
2010年代を迎えた今でも通用してしまっているのではないか?
それに替わる、新しいものが生み出せていないのではないか?」
という論評が頻出したような気がします。
女性歌手もそうだったのかなと。それがダメとは言ってない。むしろイイ。
ところで、アイドルデビューがスタートであっても
女優活動にシフトしていくタレントさんが多い中、
最初から女優スタートだった薬師丸ひろ子原田知世の名はあれど
男性目線とおぼしき「80年代女性アイドル論」のほとんどに
今井美樹の名前が挙がってきていません。
「そうかもしれんが待て待て、『聖子ちゃんカット』に勝るとも劣らず
女性ファッションに影響を与えたアイコンなのに」と思っていたので
このランキングは「女性アイドル・歌手」という枠取りにしています。
男性ファンも多いのにー。なぜ? モデルスタートだから??
今井美樹をアイドルとして認めよ」という気持ちではなく、
彼女に限らず「売上数」を基点に、世間全般の支持数的なものを知りたくて
一覧にしてみました。そんなこんなで、以下どうぞ。
※名前の後の(00年)はデビュー年を指します。


1位 今井美樹(86年)
1991.11/7発売「PIECE OF MY WISH」/125.4万枚/
作詞:岩里祐穂、作曲:上田知華 、編曲:佐藤準
TBS金10「あしたがあるから」主題歌、
主演 本人・石橋凌福山雅治 初連ドラレギュラー) 脚本 内館牧子
★最大ヒット=1996.11/04発売「PRIDE」/162.3万枚/
フジ木10「ドク」主題歌※主演 安田成美・香取慎吾


2位 PRIENCESS PRIENCESS(85年)
1989.4/21発売「Diamonds」 /109.7万枚/
作詞:中山加奈子、作曲:奥居香 、編曲:PRIENCESS PRIENCESS
ソニー「オーディオテープ」CMソング※本人出演、89年オリコン年間売上第1位


3位 DREAMS COME TRUE(89年)
1992.9/19発売「決戦は金曜日/太陽が見てる」 /107.0万枚/
両曲とも作詞・作曲:吉田美和、編曲:中村正人
前者がフジ金23「うれしたのし大好き」オープニングテーマ、
後者は富士フイルムCMソング
★最大ヒット=1995.7/24発売「LOVE LOVE LOVE/嵐が来る」 /248.8万枚/
TBS金22「愛していると言ってくれ」主題歌
※主演 豊川悦司常盤貴子 ※95年オリコン年間売上第1位


4位 沢田知可子(87年)
1990.6/27発売「会いたい」 /105.6万枚/
作詞:沢ちひろ、作曲:財津和夫、編曲:芳野藤丸
テレ朝「トゥナイト」エンディングテーマ


5位 小泉今日子(82年)
1991.5/21発売「あなたに会えてよかった」/105.4万枚/
作詞:小泉今日子、作曲・編曲:小林武史
TBS金9「パパとなっちゃん」主題歌、主演 本人・田村正和 脚本 山元清多


6位 あみん(82年)
1982.7/21発売(デビュー曲)「待つわ」/101.8万枚/
作詞・作曲:岡村孝子、編曲:萩田光雄
※ノンタイアップ・第23回ヤマハポプコングランプリ受賞・82年オリコン年間売上第1位


7位 わらべ(82年)
1983.12/21発売「もしも明日が…。」/96.9万枚/
作詞:荒木とよひさ、作曲:三木たかし、編曲:佐藤準
テレ朝「欽ちゃんのどこまでやるの!?」挿入歌・84年オリコン年間売上第1位


8位 小林明子(84年)
1985.8/31発売「恋におちて-Fall in Love-」/95.6万枚/
作詞:湯川れい子、作曲:小林明子、編曲:萩田光雄
TBS金22「金曜日の妻たちへⅢ・恋におちて」主題歌※主演 古谷一行いしだあゆみ 脚本 鎌田敏夫


9位 平松愛理(89年)
1992.3/21発売「部屋とYシャツと私」/93.1万枚/
作詞・作曲:平松愛理、編曲:清水信之
※ノンタイアップ・第34回日本レコード大賞作詞賞受賞


10位 薬師丸ひろ子(81年)
1981.11/21発売(デビュー曲)「セーラー服と機関銃」/86.5万枚/
作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:星勝
角川映画セーラー服と機関銃」主題歌、本人主演


11位 辛島美登里(89年)
1990.11/7発売「サイレント・イヴ」/80.0万枚/
作詞・作曲:辛島美登里、編曲:若草恵
TBS金21「クリスマス・イブ」主題歌※主演 仙道敦子吉田栄作 脚本 内館牧子


12位 松田聖子(80年)
1980.10/1発売「風は秋色/Eighteen」/79.6万枚/
両曲とも作詞:三浦徳子、編曲:信田かずお、作曲:小田裕一郎(「風は秋色」)、
平尾昌晃(「Eighteen」)。前者が資生堂「エクボ ミルキィフレッシュ」CMソング、
後者は「レッツゴーヤング」(NHK)にて展開
★最大ヒット=1996.4/22発売「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」/110.1万枚/
テレ朝「ビートたけしのTVタックル」主題歌
★休業前最大ヒット(前述の理由によりカウントから除外)
=1983.8/1発売「ガラスの林檎Sweet Memories」/85.7万枚/
後者がサントリー「CANビール」CMソング。


13位 中森明菜(82年)
1982.11/10発売「セカンド・ラブ」/76.6万枚
作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:萩田光雄 ※ノンタイアップ


14位 中山美穂(85年)
1991.11/01発売「遠い街のどこかで…」/67.3万枚/
作詞:渡邉美佳、作曲・編曲:中崎英也
フジ月9「逢いたい時にあなたはいない…」主題歌、主演 本人・大鶴義丹 脚本 伴一彦
★最大ヒット=「中山美穂WANDS」名義で1992.10/28発売
世界中の誰よりきっと」/183.3万枚/
フジ水9「誰かが彼女を愛してる」主題歌。
単独名義では1994.2/09発売「ただ泣きたくなるの」/104.8万枚/
TBS金9「もしも願いが叶うなら」主題歌、主演 本人・浜田雅功 脚本 遊川和彦


15位 Wink(88年)
1988.11/16発売「愛が止まらない」/64.5万枚/
作詞・作曲: Mike Stock・Matt Aitken・Pete Waterman、日本語詞:及川眠子、編曲:船山基紀
フジ水8「追いかけたいの!」主題歌※主演 南野陽子野村宏伸
宮沢りえ 初連ドラレギュラー) 脚本 金谷祐子大久保昌一良


16位 工藤静香(87年ソロデビュー)
1993.2/3発売「慟哭」/93.9万枚/
作詞:中島みゆき、作曲・編曲:後藤次利
フジ月9「あの日に帰りたい」主題歌※主演 菊池桃子保坂尚輝
工藤はヒロインの妹役 脚本 君塚良一


17位 原田知世(82年)
1983.4/21発売「時をかける少女」/58.7万枚/
作詞・作曲:松任谷由実、編曲:松任谷正隆
角川映画時をかける少女」主題歌、主演 本人・高柳良一尾美としのり


18位 石井明美(86年)
1986.8/14発売(デビュー曲)「CHA-CHA-CHA」/58.1万枚/作詞:G.BOIDO、日本語訳詞:今野雄二
作曲:B.REITANO, B.ROSELLINI, F.BALDONI, F.REITANO、編曲:戸塚修
TBS金21「男女7人夏物語」主題歌※主演 明石家さんま大竹しのぶ 脚本 鎌田敏夫
86年オリコン年間売上第1位


19位 永井真理子(87年)
1990.10/24発売「ZUTTO」/54.6万枚/
作詞:亜伊林三浦徳子ペンネーム)、作曲:根岸貴幸
フジ「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」エンディングテーマ


20位 Sugar(81年)
1981.11/21発売(デビュー曲)「ウエディング・ベル」/48.5万枚/
作詞・作曲:古田喜昭、編曲:平野融 ※ノンタイアップ


21位 杉村尚美(81年ソロデビュー)
1981.1/25発売「サンセット・メモリー」/46.1万枚/
作詞:竜真知子、作曲・編曲:木森敏之
日テレ火9「炎の犬」主題歌


22位 渡辺美里(85年)
1986.1/21発売「My Revolution」/44.5万枚/
作詞:川村真澄、作曲:小室哲哉、編曲:大村雅朗
TBS金20「セーラー服通り」主題歌※主演 石野陽子小堺一機 脚本 牛次郎ほか


23位 葛城ユキ(80年)
1983.5/21発売「ボヘミアン」/41.4万枚/
作詞:飛鳥涼、作曲:井上大輔 ※ノンタイアップ


24位 斉藤由貴(85年)
1989.4/21発売「夢の中へ」/40.8万枚/
作詞・作曲:井上陽水、編曲:崎谷健次郎
日テレ「湘南物語 マイウェイマイラブ」主題歌※主演 本人・藤達也、
NECパーソナルコンピューターCMソング


24位 山下久美子(80年)
1982.4/01発売「赤道小町ドキッ」/40.8万枚/
作詞:松本隆、作曲:細野晴臣、編曲:大村憲司
カネボウ化粧品'82 夏のプロモーション・イメージソング


26位 浜田麻里(83年)
1989.4/19発売「Return to Myself 〜しない、しない、ナツ」/40.7万枚/
作詞:浜田麻里、作曲・編曲:大槻啓之、編曲:ランディ・カーバー、グレッグ・エドワード
カネボウ化粧品'89 夏のプロモーション・イメージソング、イメージガール大塚寧々


27位 菊池桃子(84年)
1985.2/27発売「卒業-GRADUATION-」/39.4万枚/
作詞:秋元康、作曲・編曲:林哲司
日テレ水曜ロードショー(単発ドラマ)主題歌
※主演 本人・岸田智史秋元康初のオリコン1位獲得作品


28位 柏原芳恵(80年)
1981.10/15発売「ハロー・グッバイ」/38.2万枚/
作詞:喜多条忠、作曲:小泉まさみ、編曲:竜崎孝路 ※ノンタイアップ


29位 中村あゆみ(84年)
1985.4/21発売「翼の折れたエンジェル」/37.8万枚/
作詞・作曲・編曲:高橋研 日清カップヌードルCMソング


29位 GO-BANG’S(88年)
1989.12/27発売「あいにきて I・NEED・YOU!」/37.8万枚/
作詞・作曲:森若香織、編曲:白井良明
アルペンCMソング※出演 松本典子真木蔵人


31位 ジューシィ・フルーツ(80年)
1980.6/1発売(デビュー曲)「ジェニーはご機嫌ななめ」/36.9万枚/
作詞:沖山優司、作曲:近田春夫 ※ノンタイアップ


32位 伊藤つかさ(81年)
1981.9/1発売(デビュー曲)「少女人形」/36.2万枚/
作詞:浅野裕子、作曲:南こうせつ、編曲:船山基紀 ※ノンタイアップ


33位 TOM★CAT(84年)
1984.11/14発売(デビュー曲)「ふられ気分でRock'n Roll」/35.5枚/
作詞・作曲:TOM、編曲:Light House
第28回ヤマハポピュラーソングコンテストグランプリ受賞曲、
第15回世界歌謡祭グランプリ受賞曲


34位 河合奈保子(80年)
1983.6/1発売「エスカレーション」/34.9万枚/
作詞:売野雅勇、作曲:筒美京平、編曲:大村雅朗 ※ノンタイアップ
(のちに東宝居酒屋兆次」劇中歌に採用される※主演 高倉健


35位 松本伊代(81年)
1981.10/21発売(デビュー曲)「センチメンタル・ジャーニー」/34.3万枚/
作詞:湯川れい子、作曲:筒美京平、編曲:鷺巣詩郎
ロッテ「ガーナチョコレート」CMソング※本人出演


36位 河合その子(85年ソロデビュー)
1986.3/21発売「青いスタスィオン」/34.1万枚/
作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利 森永製菓「HI-SOFT」CMソング※本人出演


37位 宮沢りえ(89年)
1989.9/15発売(デビュー曲)「ドリームラッシュ」/34.1万枚/
作詞:川村真澄、作曲・編曲:小室哲哉※ノンタイアップ


38位 三原順子(80年)
1980.9/21発売(デビュー曲)「セクシー・ナイト」/32.5万枚/
作詞:亜蘭知子、作曲・編曲:長戸大幸 ※ノンタイアップ


39位 荻野目洋子(84年)
1985.11/21発売「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」/32.4万枚/
作詞・作曲:A.Kate-T.Baker、日本語訳詞:篠原仁志、編曲:馬飼野康二 ※ノンタイアップ


40位 新田恵利(86年ソロデビュー)
1986.1/1発売(デビュー曲)「冬のオペラグラス」/32.0万枚/
作詞:秋元康、作曲・編曲:佐藤準
※フジ「なるほどザ・ワールド」エンディングテーマ・
オリコン史上初の「デビューシングルで初登場1位を獲得した女性歌手」となる
なお「デビューシングルで初登場1位を獲得した男性歌手」は
1980.12/12発売 近藤真彦スニーカーぶる〜す」/104.7枚


41位 JITTERIN' JINN(89年)
1990.6/21発売「にちようび」/31.9万枚/
作詞・作曲・編曲:破矢ジンタ ※ノンタイアップ


42位 国生さゆり(86年ソロデビュー)
1986.2/1発売(デビュー曲)「バレンタイン・キッス」/31.7万枚/
作詞:秋元康、作曲:瀬井広明、編曲:佐藤準
フジ「月曜ドラマランド」エンディングテーマ


43位 高樹澪(81年)
1982.7/21発売「ダンスはうまく踊れない」/31.3万枚/
作詞・作曲:井上陽水 TBS「金曜ミステリー劇場」主題歌


44位 うしろゆびさされ組(85年)
1986.1/21発売「バナナの涙」/31.0万枚/
作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利
フジ「ハイスクール奇面組」エンディングテーマ


45位 森高千里(87年)
1993.1/25発売「渡良瀬橋/ライター志望」/30.9万枚/
前者がテレ東「いい旅・夢気分」エンディングテーマ、
後者はテレ朝「クイズ!純粋男女交遊」エンディングテーマ
★最大ヒット=1995.2/10発売「二人は恋人」/44.4万枚/
日テレ水10「恋も2度目なら」主題歌※主演 明石家さんま葉月里緒菜


46位 REBECCA(84年)
1985.10/21発売「フレンズ/ガールズ ブラボー!」/30.7万枚/
両曲とも作詞:NOKKO、作曲:土橋安騎夫、編曲:レベッカ
前者が日テレ水9「ハーフポテトな俺たち」エンディングテーマ、後者はオープニングテーマ
※主演 中山秀征・香坂みゆき今井美樹 連ドラ3作目)脚本 桃井章ほか


47位 南野陽子(85年)
1988.2/26発売「吐息でネット」/30.4万枚/
作詞:田口俊、作曲:柴矢俊彦、編曲:萩田光雄
カネボウ化粧品'88 春のプロモーション・イメージソング※本人出演


48位 森口博子(85年)
1991.2/5発売「ETERNAL WIND〜ほほえみは光る風の中〜」/28.5万枚/
作詞:西脇唯、作曲:西脇唯・緒里原洋子、編曲:門倉聡
松竹「機動戦士ガンダムF91」エンディングテーマ


49位 おニャン子クラブ(85年)
1986.2/21発売「じゃあね」/28.1万枚/
作詞:秋元康、作曲:高橋研、編曲:佐藤準 ※ノンタイアップ


50位 吉沢秋絵(85年)
1986.3/1発売(デビュー曲)「季節はずれの恋」/28.0万枚/
作詞:秋元康、作曲:山梨鐐平
フジ「スケバン刑事Ⅱ 少女鉄仮面伝説」挿入歌※B面おニャン子クラブ「会員番号の唄」


51位 浅香 唯(85年)
1988.4/20発売「C-Girl」/27.8万枚/
作詞:森雪之丞、作曲:NOBODY、編曲:井上鑑
カネボウ化粧品'88 夏のプロモーション・イメージソング※本人出演
参考記録=1987.10/14発売「Remember」(「風間三姉妹」名義)/15.3万枚/
フジ「スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇」主題歌 


52位 飯島真理(83年)
1984.6/5発売「愛・おぼえていますか」/27.1万枚/
作詞:安井かずみ、作曲:加藤和彦、編曲:清水信之
東宝 劇場版「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」主題歌※リン・ミンメイ役


53位 早見 優(82年)
1983.4/1発売「夏色のナンシー」/26.9万枚/
作詞:三浦徳子、作曲:筒美京平、編曲:茂木由多加
「コカ・コーラ」CMソング※本人出演


54位 EPO(80年)
1983.4/5発売「う、ふ、ふ、ふ」/26.3万枚/
作詞・作曲:EPO、編曲:清水信之
資生堂'83 春のキャンペーンソング


55位 椎名 恵(86年)
1986.1/1発売(デビュー曲)「今夜はANGEL」/26.3万枚/
作詞・作曲:Jim Steinman、日本語詞:椎名恵、補作詞:三浦徳子、編曲:戸塚修
フジ水8「ヤヌスの鏡」主題歌※主演 杉浦幸山下真司 脚本 江連卓


56位 本田美奈子(85年)
1986.2/5発売「1986年のマリリン」/24.9万枚/
作詞:秋元康、作曲:筒美京平、編曲:新川博
※ノンタイアップ


57位 岩崎良美(80年)
1985.3/21発売「タッチ/君がいなければ」/24.7万枚/
両曲とも作詞:康珍化、作曲・編曲:芹澤廣明
前者がフジ「タッチ」オープニングテーマ、後者はエンディングテーマ


58位 岡田有希子(84年)
1986.1/29発売「くちびるNetwork」/23.1万枚/
作詞:Seiko(松田聖子)、作曲:坂本龍一、編曲:かしぶち哲郎

カネボウ化粧品'86 春のプロモーション・イメージソング※出演 沢口靖子


酒井法子(87年)※参考記録
★最大ヒット=1995.5/10発売「碧いうさぎ」/99.7万枚/
日テレ水10「星の金貨」主題歌※主演 本人・大沢たかお竹野内豊
80年代最大ヒット=1989.4/26発売「Love Letter」/9.1万枚/
ライオンBan16シリーズ 89年度イメージソング


久保田早紀(79年)※参考記録
★最大ヒット=1979.10/1発売(デビュー曲)「異邦人」/144.4万枚/
作詞・作曲:久保田早紀、編曲:萩田光雄
三洋電機「くっきりタテ7」「太陽光発電」CMソング※80年オリコン年間売上第2位


これにてランキング終了です。レコード→CDへの切り替え期と重なるため、
87年を底にして、80年代中期は売上枚数が全般的に低めに出ています。以下、再び雑感。


久保田早紀は、10/1発売なら、賞レースだと翌年の80年にカウントされる日付です。
そうなると、売上もダントツ1位なのですが、終わりを92年度末まで
引っ張っていることもあり「80年代デビュー」というスタートは厳密に区切りました。
なお「ザ・ベストテン」79年12/27〜1/17放映分まで1位を獲得、80年代の幕開けに
最も多く人々の耳に届いていた曲が「異邦人」であることは、間違いありません。
ノリピーは本当に参考記録です。「80年代アイドル」<「90年代からの女優」さんかと。
全般的に「ヒロインがドラマ or 映画の主題歌を歌う」というフォーマットが鉄板
(だから80年代はアイドル主演の怪作ドラマもいっぱいあった)ということも
上記のデータから、よくわかります。
思うに、ノンタイアップで最大ヒット曲を出せている人は
「歌がうまい人だ!」「楽曲のチカラもすごかった!」(えてして両方)という印象。
具体的には中森明菜、柏原よしえ、平松愛理など。
一方、伊藤つかさ宮沢りえのようにドラマ・バラエティ露出からの待望デビュー
というケースもありますが、個人的にうなったのは、コンテスト応募曲で優勝し、
ノンタイアップながら、その年の年間最大ヒットをミリオン規模でかっ飛ばしてみせた
「あみん」…。昨日までは市井の女子大生2人組だったのが、実績スゴすぎ…。
01年放映の「探偵ナイトスクープ」で
「アラサー女性は全員、ピンク・レディーの『UFO』を踊れるか?」というお題があり、
案の定全員踊れたそうですが、それに
「『UFO』が踊れる人たちは、友達といっしょに『待つわ』をハモったことがある」と
付け加えたい。ぜひに。あの中島みゆき谷山浩子をもANNでハモらせてるんだから、
この曲のチカラ、ハンパない。
そしてなぜ「ベスト58」かというと、堀越学園3年D組の2人がほぼ同順位で並んだのを
受けて「歌手名=ヒット曲=サビのフレーズ」が迷いなく一致するのは
このあたりまでかなーと。ちなみに59位は渡辺典子「花の色」ですが
C/Wの「少年ケニヤ」の方が楽曲披露は多かったのではないかと記憶。
角川三人娘の中では一番の美形、という評価も揺るぎなく、
個人的に何の他意もありませんが
「口移しに~(歌詞引用避け)♪」のフレーズが、2015年現在
人口に膾炙しているかというと、ビミョーだなと思ったので。
なので「あの子の名前が挙がってない」とご不満の方には、なんとなくすみません…。


そのうち「80年代アイドル神8+森高千里」個別記事を書きたいでーす。
この項終わり。

コンサートに行ってきた!

斉藤由貴 谷山浩子

だいーぶあれから時間が経ちましたが表題の件。
3/14土 斉藤由貴デビュー30周年記念コンサート「ゲスト:谷山浩子」の回と、
4/4土 谷山浩子 神奈川県民ホールピアノコンサートに行って参りました。至福。


「好きな歌手」のコンサートにたいてい1度は足を運んでいるのですが、
サイトーさんは初参戦でした。
思えば25周年コンサートの際、チケット取ってたのに
行くのスッパリ忘れてた、という惨劇から早4年(その時もヒロコさん回を取っていた)。
あーあの時はギリギリ震災前だったのね…ついにリベンジでございます。
率直な感想。曲のラインナップ(25周年の時は「SORAMIMI」歌ったとか)といい
パンフレットといい、やはり目の前にあった機会は逃しちゃいけなかったのね、という教訓に。
でも土曜日の夜に生「土曜日のタマネギ」が聴けたのは大満足でした。
現役アイドル時代とは、そりゃまったく同じではないですが声は当初予想よりよく響いてきました。
そして前回のアルバムで「おうちでかくれんぼ」ほか、今回のアルバムでも「窓あかり」と
ヒロコさん提供曲があったわけですが、割とオーダーから全然違う曲を打ち返しているんですよね。
「銀河通信」調をリクエストされて「のらねこ」とか。
今回も「恋の歌」がテーマの1枚なのに「窓あかり」とか
(「よその子」や「家族の食卓」を連想させる情景)。
はてはて、と思っていましたがゲストトークを聞いたことで、
ヒロコさんのもくろみはさておき、個人的には腑に落ちるものがありました。
(記憶による意訳)
「あの、まだ10代だった、生意気だった、不安定だった由貴ちゃんが
いつの間にか結婚して子供を産んで、しっかりお母さんになっている。
お子さんのお弁当を作るために朝5時起きしているという。
なんというか、私と同じカテゴリーにいるかと思っていたのに
『あっちの世界』へ行ってしまったというか」。
個人的には「初恋の人と大人になって再会して、結婚した」というヒロコさんこそ
「この人は結婚しないだろう」と勝手に思っていた私からすれば十分
「あっちの世界」に行った人なわけですが
(それも「初恋の人」と結婚! ふかふかクッションに鎮座してるじゃないですか!!)。
…話を戻します。
で、コンサートが終わったあたりから怒濤のように「30周年記念インタビュー」が
ネットニュースに流れて、そこでもだいたい「子供の話」は出てきていて。
うーん、これだけ「プライベートではよき母」像が出ているところで
本人が歌手として「恋の歌」を歌いたかったとしても、
スタンダードナンバーを英語で歌うまでならともかくオリジナルの日本語詞だと
生身の斉藤由貴と切り分けて鑑賞するのが難しいかな、と思ったのです。
役柄ならね、ワンクッション入るんですが。
自作詞の高水準が褒めそやされるサイトーさんですが、当時の恋愛話がほぼリアルタイムで
反映されている歌詞もあったりで、やはり「叙情」の人なんですよ。「叙事」ではなく。
今「サイトーさんが歌うラブソング」を聞いても
「はいはいイケメンダンナのノロケノロケ」と思ってしまいそうで
(ダンナLOVEを語っているインタビューは「斉藤由貴 はまれぽ」で検索!)。
「ダンナ愛をのろけて何が悪い」という向きもありましょうが、
個人的には武部聡志編曲時代(シングル「ORACION」、アルバム「TO YOU」まで、
つまり88年末までですね)の楽曲の方が、いろいろと抑制が効いていると思うので。
まぁ好みの問題です。。
白谷山の傑作「さよならのかわりに」はしっとりと落ち着いたラブソングで、
ニコ動では「承花」のタグがついたりしてますが
(つまり「他人作の物語」の背景になっても違和感ないほど汎用性があるということ)
提供を受けた由紀さおりとは、まぁ資質が違うのだなぁと。いい悪いの話ではなく。
もうしばらくは「母な歌」が続くのかな。その後のサイトーさんも見てみたいですが。


余談だが、マイナビニュース3/22掲載の斉藤由貴インタビューで
演じた中で好きな作品を問われて、1作目に92年2/18放映カネボウヒューマンスペシャ
「終(つい)の夏かは」を挙げている。女性を対象としたノンフィクションコンテストで
大賞を受賞した筆者の古越富美恵さんは悪性腫瘍で12歳の時に片足を切断。
経験を踏まえ「人の役に立ちたい」と医療ソーシャルワーカーとして自立するも、
後に乳がん発覚、さらに転移。「これが人生最後の夏かもしれない」という予感と覚悟の中。
患者を支える立場である職業人と、患者の立場になった自身と、2つの視点を重ねつつ
家族や友人に自分の死を受け入れてもらうために執筆、大賞を得た。
大賞受賞は91年3月、そして91年10月に逝去。
生前、受賞式の際「自分の結婚式はないと思うので、この場を借りて」と前置きして、
渡された花束をともに出席していた両親に「花束贈呈」していた様子が、裏話として放映された。
斉藤も本人役を熱演。連ドラではなく、単発の2時間ドラマだったが、検索すると、
「1回しか見ていないのに」と前置きしつつ当時の感想を書いているブログが
いくつか散見されるほどに、見る者の感慨を残した作品となった。
同年3/29放映の、やはりドキュメンタリー「別離の歌〜飛騨高山の早春賦・「白線流し」〜」では
斉藤はナレーションを務めている。舞台はドラマ「白線流し」の元ネタである斐太高等学校。
生徒たちを追ったその青春群像の中に「踏切事故で亡くした彼女を、守ってあげられなかったから」
という理由で自衛隊に入隊する男子生徒がいた。斉藤の冒頭のナレーションはこうだ。


思い出してください。
あの日、
あの別れの日を。
そして、あの旅立ちの日を……。


92年、春。
「終の夏かは」「別離の歌」。長いキャリアの中で偶然にも死の影をまとった作品が続いてしまった。
そんな時期があったことを、劇場を駆け回り「悲しみよ こんにちは」を歌う斉藤由貴を見ながら、
ぼんやりと思い出していた。今が元気なら、それでいいのです。それだけでいいのです。


ミ☆


はっ長文すぎた。ヒロコさんコンサートは横浜時代の思い出が聞けたのはうれしかった。
「朝の扉をひらく時」は石川町駅のあたりから海方面を見ている想定だとか(記憶意訳)
(「みなとみらい線」ってヒロコさんのボキャブラリーからは取りあえず出ないんだ、と思った)。
生「夜のブランコ」もあり(サイトーさんもカバーした曲だ!)。しかし曲のラインナップは
「ねこねこでんわ」「SORAMIMI」「テングサの歌」があった4/10調布コンサートの方が
好みだったかな…。まぁヒロコさんの場合は何度でも足を運べばよいのですよね。
そんな訳でこの項終わり。

「大奥」「きのう何食べた?」をつなぐもの(を妄想してみた)

よしながふみ

表題の件、同日発売出ました。
ドラマ開始タイミングでの「ダ・ヴィンチよしながふみ特集からひととおり続いてきたキャンペーンを
最高潮に盛り上げたところで「大奥」劇場版公開へ、といったところでしょうか。
71年生まれのよしながさん、特集の「少女漫画クロニクル」的インタビューで
ベルばら、ガラスの仮面と続き3番手に柴田昌弘「ブルー ソネット」の名前を見つけて、
思わずニヤリとしてしまった同世代(自分の方が3歳上)。余談ですが西炯子「一生中2じゃダメかしら?」でも
西さんがランを模写してます。西さんはよしながさんの5つ上。このくらいの年齢差までが同世代、なのでしょう。
ほか、愛田真夕美は「Oh! われら劣等生徒会」ではなく「マリオネット」が、
酒井美羽は「セーラーブルーの青春」ではなく「ミルクタイムにささやいて」となっていたところから察するに
花とゆめ」は83年連載作品の印象が強い模様。
ところで「大奥」ですが今日現在「よしながふみ 大奥 インタビュー」で検索すると
よしながさんの作品ではない、06年フジテレビの「大奥」放映タイミングでの談話が出てきます。
どうやらそこでは「83年版の『大奥』が初めての出会い」で、「第一話で『大奥』と命名したお江与栗原小巻さんが
ラストで瀧山の二役をして、大奥の幕引きをする設定も印象的でした」とあります。そして
「平成版フジテレビドラマ」「フジテレビ劇場版」などに触れつつ、ペリー荻野の
「先生のお気に入りの上様は?」という質問に対し「83年版の家光だった沖雅也さんですね」と答えていらっしゃいます。


急逝にまつわる出来事が衝撃的に扱われ、その後の周辺が「イロモノ」的な報道をされ。
当然その余波は故人に及び、報道の熱が冷めた後は誰もが口をつぐみ。
そんな事情の結果というべきか、映像作品こそ代表的なものがいくつか残っていますが
後追いファンが入手できる沖雅也についての資料はほとんどありません。
ほぼ唯一と言っていい書籍は、かわだわか「70年代が生んだアクションの寵児 沖雅也と『大追跡』」。
著者さんは私と同じ68年生まれ。私自身はスコッチ刑事とキャップ(79年「俺たちは天使だ!」)を
リアルタイムで見ていましたが、78年の「大追跡」は間に合いませんでした。
沖雅也についての記述は読みたいけど『大追跡』が中心なのか−。
これ一回も見たことないしなー」と思いつつネットで取り寄せ、目次を見ると。


「スコッチが矢吹史朗になるまで」


あれ?
矢吹(賢二)+(筧)史朗?
いやいやまさかそんな…まさかねぇ。
「2LDK男2人暮らし 食費、月2万5千円也」というフレーズから、
シロさんの名前は「家計知ろう」説を見かけましたが、
沖雅也ファンとしては、勝手に「大追跡」の役名から取った説を推しておきますか。
つまりよしながさんの「大奥視聴体験」の根っこに、迫真の演技で「家光死去」を演じた沖雅也がいて、
きのう何食べた?」のメインキャラ2人に、実はコメディも得意だった沖の役名を振り分けた、とか。どうでしょう。
妄想もいいとこですが「大奥」「きのう何食べた?」初の同日発売という千載一遇のきっかけを得たので、
思ったことを書いておきたかった。生きていれば還暦、60歳。佳代子さんのダンナさんとほぼ同い年。
もし大奥劇場版に出るとしたら桂昌院役の西田敏行が5歳上だから、一番近かったのかしら。
「特別出演:永光院(有功の院号ね)」役で、美老人となった沖雅也を見たかった気もするなー。
美老人でなくてもいい、生きてさえいてくれればなー。
そんなご本人は、急逝当日の夜に「家光死去」の回が放映されるという、
芸能界広しといえども後にも先にもないインパクト…。
78年放映田宮二郎版「白い巨塔」もラスト2回を残しての急逝でしたが、個人的にはそれを上回る衝撃度でした。
あれからもうじき30年。小学6年生だった女の子が長じて「逆転大奥」という物語を作り、それが映画化されるまでの月日が流れ。
いつかきっと「逆転大奥」に衝撃を受けた小さな子が歳を重ね、また次の物語を紡いでいくのでしょう。この項終わり。

春 三景

日常

その一 満開の桜を散らす雨。
    吉田秋生吉祥天女」のヒロイン・叶小夜子の
    びしょ濡れセーラー服姿を思い出すのは自分だけでいい(キリッ


その二 スタッフ氏の出版記念パーティに足を運ぶ。やや遠出。
    この季節ならにぎわうはずの参道も人まばら。しかし会場は盛況。
    「がんばって、街を盛り上げていきましょう」
    スピーチにさざ波のような拍手。


その三 入院している伯父にお見舞い。
    伯母と、その娘2人がそれぞれ一家(夫+2児)で来訪。
    伯父にとっては妹に当たる私の母+父+叔母。
    兄一家(妻+1児)。一番おまけに私。つまり総勢16名。
    「もう最後になるかもしれないから」と言い含められて予定を取ったが
    前日の母からのメールに「本人から電話がありまして」などと書いてある。
    んーそれだけ元気なら「これが最後」ってことはないでしょう。
    とはいえ移動は車椅子。みんなで近くの公園までよっこいしょ、と連れ出し
    桜をバックに、全員集合した写真を撮った。組み合わせを変えて、何枚も。 
    子供たちが公園で遊ぶ中、年寄り組は先に病室へUターン。
    桜の押し寿司が振る舞われ、父と私が特に「イケるクチ」ということで
    日本酒を勧められた。伯父もひと口飲む。さらに勧められる。
    「残りは○○ちゃん(私)、持って帰りなさい」と促される。
    家に帰ってラベルを見たら「純米吟醸 天寿」とあった。秋田のお酒だ。
    次の春もこうして伯父と父と三人で、酌み交わそうと思う。   

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44時間後、44年後(コンサート行きそびれの件)

斉藤由貴

せっかくチケット買ってた斉藤由貴のコンサート、
すっぱりと行き忘れる。唯一取ってた、谷山浩子ゲストの日。
その事実に気付いたのは開演時間から44時間後だったっていう…。
完っ全に失念。日帰り出張とか入ってて疲れすぎた、先週。
アーティストのコンサートに行くのは
年に1回あるかないかですが、ミッチー(カウコン)にしろオザケン
(去年の「ひふみよ」見ました。ボーカルの魅力に改めて打たれた。
ライブ音源商品化を超熱望)にしろ必ず誰かと一緒でした。
今回の斉藤由貴谷山浩子。ファンになったのは昭和60年と57年の時かー。
それでなくても友達いないのに…。ツレは…探せなかった…。
自分の身近で、両方を聴いてる人が…たぶんいない…
(ここには「斉藤由貴17年ぶりのオリジナルアルバム
『何もかも変わるとしても』先行発売分を東宝芸能のサイトにて
既に買っている」という条件が上乗せされる。もちろん自分は入手済み)。
両方を好きな人は相当ディープにファンだろうなと、容易に想像がつく。
ので未聴の人を誘うには、心の敷居が高く…。そういえば似たような理由で
女子大生の時も「森高ランド」「古今東西」ツアーとか(辛うじて平成2年)、
1人で行ったしな…。リアルで「森高人形」のコスチューム状態だった頃である。
話戻ってイマドキならソーシャル云々とかでも使って、同好の士を探すべきだったか。
なんにつけ自分のことしか考えてないから、予定が頭から抜けた可能性大。
そもそも平日の夜にプライベートの予定を入れようとは本来思わないし。
ここまで読んで「それなら自分が行きたかった!」と、お怒りの方もいらっしゃるでしょう。
本当にすみませんでした。平身低頭滂沱。


コンサートの模様は、愛情と情熱と客観データを駆使しつつ冴えた筆致で、
中森明菜全曲レビューなどでもおなじみの「まこりん」さんが書いておられます。
同好(同行)の士をリアルで探さんでも、こういう形で補完に近いことはできちゃうんだよな、
と思いつつ読み進めていくと「SORAMIMI、ライブで初披露」とな。
痛恨の一撃! あああああ。


斉藤由貴(ちなみに「悲しみよこんにちは」が86年3月リリース)の
イメージであて書きされた、作詞作曲とも谷山浩子が担当した唯一の曲
※本日一般発売開始でもある「何もかも〜」に、2曲目「おうちでかくれんぼ」収録!
セルフカバーは86(昭和61)年10月発売、谷山「水玉時間」に所収。
オリジナルは斉藤も同日発売アルバム「チャイム」に収録。ポニキャンつながり。
というわけで、もう25年くらい、浩子さん作品の中で一番好きなラブソングだ。
それは人生の中で一番好きな曲、というのに限りなく近く。
ところで今の自分の年齢である42歳は男の厄年ですが、特に他意もなく
(いや、オザケンのコンサートに行けたのが大きかったかな)
「ことしは会いたい人に会える機会があったら、できるだけ行っておこう」と
思っていた矢先にこの斉藤&谷山コンサートがあり。そして行き逃し。
次のチャンスはまた25年後くらい? クロンメリン彗星?
そんときゃおりゃー幾つよ、と思いつつふと調べてみると。
日本人女性の平均寿命って86.44歳ですか。
うおっ、もう半分まで来ちゃってんなぁ…。
しかも、こんな不摂生な人生送ってて、平均寿命まで生き延びられるわきゃーない。
そしたら、体が動かせて、頭が動かせて、心が動かされるような時間って
も、ほんと「残りわずか」も同然だ! うわー反省した。
なので、今日は打刻もせずに会社から帰ってきた。それも違う。
ちなみに。前回、クロンメリン彗星が接近したのは84(昭和59)年。
そしてことし。27年ぶりに、おそらく流星を連れて、8月4日に近日点を通過していく。


いつか見たピアノver.をもう一度見たいなーと思いつつ、この項終わり。

H山さん結婚ですか!

S年隊

ものすごく久しぶりに更新。
Hガシ結婚かー。
68年うまれのとことこ編集者は世代的に
Tちゃん、M(ともに80年歌手デビュー)にドンピシャと
言えば言えるのですが、Jで一番好きなのはS年隊の二ッキだったり。
どれくらい前から好きだったかというとメンソレータムキャンパスリップで
「きみ、くちびーるキラキラ〜〜♪」と歌ってた初CMの頃からだ。82年。
そんな自分ですが、よく見る中からHガシファンにおすすめの動画を…
貼ってましたが削除されました!((((;゚Д゚))))
デビュー曲のセンターは二ッキだったということを若い人はしらないかもだ。
んで自分が一番好きなS年隊の歌は「君だけに」。ミッチーもカバーしてました。


ところで作曲者である筒美京平
日本の作曲家別シングル総売上枚数1位という記録保持者
(作詞家では阿久悠。2人のコンビならToshi&Naoko「夏ざかりほの字組」を
推しておこう。いや言うまでもなく珠玉なのは岩崎宏美の初期ナンバーだとわかってますが。
でも85年のレコード大賞作詞賞受賞曲だよ、「夏ざかり」。
と思ったら「また逢う日まで」がそうなのか! 71年レコード大賞)、
で、その筒美にとってのベストワークこそ、この「君だけに」(87年)なのだそうで。
いや何の不服もあろうはずはありませんが神曲があまりにも多いお方なので
「『君だけに』が、そうなんだ…へぇ」と、ちょっと意外でもあり。
ソースは「星をつくった男 阿久悠と、その時代」(重松清)…
以外にも、割とさまざまな場所で発言しておられるようですね。
自分が知ったのは上記の本ででしたが。
80年代の終焉と共についにオリコンランキング年間100位以内からも陥落してしまう
阿久悠に対し、専業作家デビューがほぼ同年(66・67年)の筒美京平が今なお最前線に
いると思うと、なんだかいろいろなことを考えてしまうのでした。
阿久悠全盛の1年は「津軽海峡・冬景色」「勝手にしやがれ」「UFO」を
世に送り出した77年。40歳の時(「津軽」は39歳でしたが)。どれくらいヒット連発かというと
6/20「勝手にしやがれ」〜12/5「ウォンテッド」まで25週連続オリコン1位ですって。
前人未到にも程がある。もうこんな記録は出ないんだろうなぁ…。
筒美の「君だけに」は「専業作家20年目にして生み出せた傑作」と自負する作品。
職業人として「なるほど、そういうものなのか」と思わされます。それにしても
生まれは阿久悠が37年、筒美が40年だから同世代ですよねぇ。筒美氏、神すぐる。
その、「日本一」の作曲家の「ベストワーク」の
「センター(振りの関係で左にいたけどサビを歌ってた)」を務めた歌手、それが二ッキ。
…二ッキ、神に愛された男か!(実際、唯一無二にして不動だよね、その立ち位置)
てなこと思いつつ、某月某日「Jの中では二ッキが一番好きなんです!」と
同世代カメラマン氏に話したところ
「今二ッキってフッくんポジションですよね」
「!」
なんだか両方のファンの方に何と言っていいかわからないまま、この日記を終わる。
※Jについての日記を書いたことがなく、いろいろとホントすみません。
ニュースを受けての日記なので、気が変わったら削除するかもです。