読んだもの雑記

主に漫画の感想を書いていきます

驚愕とともに日記再開

相当のんびりと午後出社。
まずPCを立ち上げて、ヤフートップをチェック(日課)。

「杉浦日向子さん死去」

「ふええ?」と、マジで声が出ました。
私が編集者を志した時の夢は
「いつか杉浦日向子から(漫画の)原稿をもらうこと」でした。
当時はまだ絵筆を折ってなかったので。
しかし「百物語」完結とともに漫画家をキッパリ廃業。
楽隠居生活に突入したのは、皆さんご存知のとおり。
なので漫画家としての最後のネームは、第99話めの最後の台詞。
余韻を残して、見事な幕引き。
振り返ると1987(昭和62)年春、大学受験を終えて
「これで堂々と漫画が読めるぞー」という解放感の中、
最初に手に取ったのが杉浦日向子「合葬」(ちくま文庫ほか)と、
スピリッツで「YAWARA!」の連載を始めたばかりの
浦沢直樹「パイナップルアーミー」。
杉浦日向子オススメは、まずは代表作「百日紅」(同上)。
とはいえ「百日紅」は、ご本人のキャリアの中では、
連載が長きにわたっているので、最初の頃は絵柄が不安定です。
漫画を読み慣れない人にもむけて、どれか一冊なら
「東のエデン」(同上)がとっつきやすいかな。
「閑中忙あり・可否」の中に出てくる「サイサイ節」について。
ここは「ノーエ節(野毛山節)」と言わせるのが正しいのでは。
もともと農兵の唄だからね。
明治初期、野毛山から外国駐屯兵の訓練が良く見えて、
この様子を「野毛の山からノーエ」と歌ったのが野毛山節。
サイサイ節は酒席の唄なので…。もっとも、野中が事実誤認をしていた、
という設定である可能性もなくはないですが。
杉浦日向子で「この短編を!」なら、多くの方が挙げてますが
「ゑひもせす」(同上)所収の「吉良供養」。。
杉浦さんは江戸風俗を忠実に再現かつ活写した作画が
高い評価を得ていましたが、
私は地の文とも呼べるネームも好きでした。
「法師の背が陽炎に千切れた」とかね。
てなことを2ちゃんねるに書いたら
「内田百輭による影響が見られますね」と指摘する方もあり。
みんな、詳しー。そんなわけで「幕末百話」「明治百話」
(どちらも篠田 鉱造・岩波文庫)を読んでみたりもしたよ。
18歳の春に杉浦日向子を知り、今の自分はもうじき37歳。
恐ろしい速さで、時間が流れていくのを感じます。
ところで「焦燥感」から連想するのは
日本橋ヨヲコ「G戦場ヘヴンズドア」だったりするのだ。
「今描かずにどうする?」的な感じ。
日本橋ヨヲコのこともいつかはこの日記で触れたいな、と思ってましたが、
呼び水がよもやこんな出来事であろうとは。

明日の昼飯は蕎麦にします。これから一杯、日本酒を飲んで寝ます。
ただただ合掌。
最後に、改めまして杉浦日向子さんのご冥福をお祈りいたします。