とことこ編集者雑記

49歳バツなし独身乙女座A型トイプー双子姉妹6歳と同居

葉桜忌

もうちょっとよいコンディションの時に書きたかったような気もしますが、
日付が大事なので、寝不足の頭で一筆。
今日は、鷺沢萠の3回忌でした。ヤフートップの訃報第一報では「自殺」とは
まだ明らかにされておらず、完徹で会社にいた私は、出社してきた同僚にこの話を投げて
「でも自殺じゃないんじゃないかな」と何の根拠もなく言った覚えがあります。
ま、自殺であってはほしくなかったんでしょうね。
ですが、結果的にはそんなこともなく。
彼女とは同年齢です。朝日新聞「ひと」欄のインタビューを読み
「あ、もう上智大に推薦入学決まってるんだ、いいなー」と
思った記憶があります。確か87年。
で、受賞作品掲載の「文學界」を手に取って、
レジに持っていく間ももどかしく立ち読みして。
こ、これは!!!
これは、あの作品を、読んでないわけないよな……
まったくの未読で、ここまで設定やディテールが似るってことはありえんよな……
でも、それっていいのか??
彼女の作品群ほかを語る上で、
やっぱりこの話題に触れないわけにはいかないというか。
その後「それってもしかして?」と後追いで話題にはなったようですが、
言葉が悪くてスミマセンが「勝てば官軍」的な展開になりましたね。
女子高生デビュー。それは中沢けい「海を感じる時」(78年)、
堀田あけみ「1980 アイコ十六歳」(81年)、
そのちょっと前に女子大生でデビューした見延典子「もう頬づえはつかない」(77年)
あたりに、原型を見ることができるんではないか。
しかし中沢・見延はバッチリ「妊娠小説」(斎藤美奈子命名)なのがなんというかまぁ。
いずれにしろこの3作品については「主人公=作者」であるかの装いを
施されたものではあり。
だからこそ「衝撃的な問題作」のポジションに座ったりしましたが、鷺沢の場合は
「主人公が少年。三人称」、それだけでも手錬な印象。実際、語彙も豊富だったし
18歳の女のコが書いたにしちゃあ上出来。文章や雰囲気作りはうまかった。
68年生まれの作家は結構多くて、コバルトの若木未生が女子大生デビュー。
大鶴義丹も「すばる」で90年にデビュー。
ちょっと遅れて劇作家→小説家デビューの柳美里
芥川賞なら吉田修一阿部和重直木賞なら金城一紀森絵都
今売れてるのは福井晴敏か。
すばる出身ならほかに清水博子ラノベだったら上遠野浩平
波多野鷹はちょっと懐かしい?
トリックスター戸梶圭太、たまに出てくる著者近影がはっとするほど美人な清水博子
(68年生まれの学年なので、早生まれの貫井徳郎は除外)。
まーまーまー結構な人数ですよ。ですが鷺沢はこの中でも最も早く世に出た人であり。
デビュー媒体が文學界と来た日にゃ、芥川賞受賞の大本命。加えて、単行本が出て
「美人作家」であることを天下に知らしめた後は雑誌のインタビューなども引きもきらず。
89年ごろ、オヤジ系週刊誌のグラビアでは
吉本ばななに並び『芥川賞に最も近い作家』」とキャッチがつけられていたし、
SPA!の「ニュースな女たち」では、当時結婚したばかりの
利重剛運転するバイクに2ケツしているカット(撮影・篠山紀信)で登場。
なんかね。もうね。天下取ってました。
91年には当時ものすごく売れていた「月刊カドカワ」で特集が組まれ。
ちなみに62年生まれの直木賞作家・山本文緒は「日々是作文」によると
93年に男性デュオの広告のために短い文章を書き下ろしています。その時の感慨を
月刊カドカワに自分の文章が載る! とそりゃもう興奮しました」と述懐しています。
えーと。少しイジワル風味な書き方だったでしょうか。近年ではワタヤさんの存在が
インパクト大でした。美人度については言及しません(あ、彼女も推薦入学組だな)。
ですが86年当時、一般人の文字は肉筆しかありませんでした。
ワープロはあまり普及しておらずパソコン通信の環境が整ったのも87年。
相対的に「手の届かなさ度」ったらハンパじゃなかった。
認めたくはないですが「若くしてデビューした、美貌の純文学作家」という存在に
嫉妬していました。一度も小説なんて書いたこともなかったくせに。
特に、海のものとも山のものともつかない徒手空拳の大学生時分。
彼我の距離は光年ほども。そして、なんでこんなに詳しいかというと、
やっぱり「ああいう形でデビューした人が、今後どんな作品を書いていくのだろう」
という好奇心が作品&記事チェックの原動力になったことは否定できないですね。
私自身は就職して、出版社に入って、編集者になって、
「いつかインタビューとかで直に相まみえることなどあるのだろうか。
担当編集者になるってことは、それなりの媒体にいないと不可能だしな」と思い。
そんな風に、いつかいつかと思っている間に、
彼女は本当に手の届かない人になってしまいました。
思い出すのは前述のSPA!の別カット。ロングソバージュを風に遊ばせ、
夜のベイブリッジ(だったか? でも、時代的に新名所。可能性大)を背景に、
肩越しにこちらを振り返るようなそぶりで写真に納まっているサギサワさんは本当に美しかった。
単行本も立て続けに刊行され、生涯の伴侶も得、幸せの絶頂にいるかのようだったのに。
あれから幾星霜。
一読者としてしか接していない私ですらこんな風に思うのだから、身近な方たちの
悔恨の念やいかばかりかと想像されます。「毎日更新(気概だけ)」と題された日記は
PCを立ち上げたら必ずチェック。
公式HPでは愛犬コマの元気な姿がアップされていましたね。
彼女がいなくなった世界で、もう2年の歳月が過ぎ。
「前にエッセイでこんなこと書いてたなー」な同世代感想を、
共有できなくなる日がいつか来てしまうのでしょう。
ところで藪から棒ですが、去っていく人を見送るというシチュエーションについては
ひぐちアサ「ヤサシイワタシ」を連想してしまう。
作中だと私は安芸のスタンスっぽいような気もしますが。と、最後の最後に
漫画脳っぷりを炸裂させて、この長い文章を終える。去年の今日じゃ、まだここまでは
書けませんでした。最後に、改めて鷺沢萠さんのご冥福をお祈りいたします。

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