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とことこ編集者雑記

47歳バツなし独身乙女座A型トイプーふたご飼い。出版社勤務ですが編集部門から離れた、のか? とりあえずはてなブログにお引っ越し

告別式

花が棺の中に入れられた。
遺影を飾っていた花々がすべて斎場の人によって外され、
叔父を埋めるように、一同の手によって入れられた。
花が外される間、斎場が編集したDVDが流された。
叔母の文章+故人の記念写真の数々。
まだ若かりし頃の叔父や、定年の時の送別会の写真。
そして、最後に、昨年の夏の旅行の写真が映された。
兄家のチビから蹴られたサッカーボールを足で受け止める叔父。
水族館のカメを、チビと一緒に見ている叔父。
それらは、兄が撮った写真だった。
そして、その時の旅行の写真が、叔父の遺影となった
(私見ですが「モノクロの遺影」って、悲しすぎて直視できないです。
生前、交流があればなおさら。叔父の遺影はカラーで、なんだか心が慰められました)。

くどいようですが、祖母の時とまったく同じルートで火葬場へ。
同じように別室で時間を過ごし、1時間強後、骨を収める。
どうやらチビには「先生はお星さまになった」という認識がなされていた模様。
だから、遺影を見ても「先生」と呼びかけなかったらしく。
2歳8か月が、そこまで理解できるものかね? 賢いなぁ。
しかし、精進落としの会食の席で、会進行にこそこそ動く兄の姿を認めると
大声で「パーパー!」。「こっちが目立たないように小さくなって打ち合わせてるのに
あんな風に呼ばれたら、みんなが『パパはどこにいるの?』って探して、
こっち見るじゃん。参っちゃったよ」と困りつつも、デレデレの笑顔。ったく親バカめ。
そんな兄を「はいはい」と言わんばかりに見つめる、人格者の義姉であった…。

食事の間、それぞれ指名された人が、故人の思い出を語る流れに。
といっても、ほとんどの人が語る感じになりましたが。なにぶん家族葬
父の涙を、久しぶりに見たなぁ。叔父とは長年の飲み友達状態だったので。

斎場を後にし、遺骨&遺影を叔母宅に連れ帰ったところで、いったん終了。
兄家+自分は帰宅…私は帰宅後着替えて出社。30時間くらい
喪服着っぱなしだったからね。
で、始発に近い時間帯まで会社に残ってラフの続き…
まぁ車での移動時間の間は寝られたし。

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