とことこ編集者雑記

47歳バツなし独身乙女座A型トイプーふたご飼い。出版社勤務ですが編集部門から離れた、のか? とりあえずはてなブログにお引っ越し

わかれる昼に

某月某日。某氏2名と某所で待ち合わせ。いいお天気。
タクシーを拾う。
「××寺まで」。
駅から10分足らず。
砂利を踏み、中の人に呼びかけ線香を分けてもらい、案内される。
「××家××…」
立ち止まり、無言で見つめる。
今日は墓参の道行きである。
昨年9月4日の日記で触れた訃報の人物が、ここに眠っている。
各々、その人が好きそうなものを持参し、供え、手を合わせる。黙祷。
間が空いて、やがてポツリポツリと誰からともなく当時の気持ちがこぼれて出てくる。
「とにかく、残念としか言いようがなくて」
「自分は、担当を離れて、会わなくなって久しいタイミングで急に訃報を聞いて。
つまり、目の前から突然いなくなったわけではないから、
今でもどこか別の場所で、似たような職業で働いてるんじゃないかっていう気がして」
「とにかく、実感がないんです」
某氏がいつも「○○ちゃん、○○ちゃん」と呼びかけていたので、
私はその人の本名を知らなかった。よもや、板塔婆と戒名で確かめることになるなんて!
墓石に刻まれた名は、間違いなくその人が存在していて、かつて生きていて、
そしてもう亡くなったことの証にほかならず。つまり私たちは
その人の死を確かめるために、その人に会いにきてしまったのだ。
去る前に、もう一度3人で手を合わせる。
そして、見つめあい、また砂利を踏んで寺を辞去。
ちょっとだけ具体的に書くと、今の職場にいる人のほぼ誰よりも前から、
私と某氏はその人にお世話になっていた。
最後に「ありがとうございました」とハッキリと口に出して、一礼した。

訃報から半年を経て。何故このタイミングで墓参りなのかというと、
某氏がもうじき職場を離れることが決まったからなのだった。
「みんなみんな、オレ(=とことこ編集者)を置いて、去っていってしまう。
某氏、オレはさびしいよ!」
新しい門出なんだから「おめでとう」って言ってあげなきゃいけないのに。
「残る方も去る方も、さびしいですよ」
某氏が答える。どちらが、よりさびしいのかはわからない。
明日は早くも、祖母の一周忌。
この春は図らずしも、死者と生者を見送る季節になった。
表題は立原道造の詩の題名を拝借。

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