とことこ編集者雑記

49歳バツなし独身乙女座A型トイプー双子姉妹6歳と同居

「駅」

 この駅の改札を抜けて向って左側にある細い柱が
彼女のいつもの指定席であった。下校時、駅に着くと
彼女はトレードマークのポニーテールを
風になびかせて数分を過ごす。すると、十分と待たずに
彼女と同じ学校の制服を着た二人連れの少年が通る。
「彼」は冬だというのに陽に焼けていて
―おそらく運動部に所属しているのだろう―
時には談笑し乍ら、時には「互いに口もきけない」程の
疲れを目元に濃く滲ませながら、東口の階段を降りてゆく。
それを見届けると、彼女は「溶けるような笑み」を
かろうじて抑えている、というその努力だけはうかがえる表情で
西口の階段を降りてゆく。それは「彼」の名前を
初めて知った日以来の、彼女の習慣だった。

 校歌を斉唱し、後輩からの花束を抱えた制服達が
改札を通り過ぎていった日から、まだいくばくも経たない頃であった。
彼女は在校生だったが、終業式をも待たない急な引越しは、
愛すべきささやかな習慣を“be used to”で語り始めようとしていた。
彼女にとって最後の“いつも”は、「彼」にとっての“いつも”を
等しくはもたらさなかったようだ。十分待っても三十分待っても、
彼は現れなかった。背中から足早に夕まぐれは駆けてくる。
時折改札を抜けてくる人混みは背広姿が殆どである。
長針が二度回ったのか、或いは三度回ったのかわからなくなった時、
冷たくなった耳たぶを冷たくなった指先で押さえていた彼女は、
目を伏せたまま、これもトレードマークだった紺のリボンを勢いよくほどいた。

 既に、彼女の姿はなく、持ち主の替わりに「彼」の姿を探そうとするかのように、
目の高さに固く結わかれたリボンが、無彩色の駅の中で風になびいていた。

 しかし、それからほんの僅かばかり後、OBの家に立ち寄った彼等のうち、
それに気がついたのは「彼」ではなく、彼の友人の方であった。
その少年は柱の前に立ち止まり、身じろぎもせずにリボンを見つめていたが、
何を思ったか、ていねいな手つきでほどき始めた。「彼」は階段に
足を踏み出したところで、やっと、どうした訳か立ち止ってうつむいている
友人に気づき、不思議そうな顔で近づいていった。
「どうしたの、おまえ、そのリボン。」
「おれさ、好きなコがいたんだよ…。」
彼はリボンをいつか握りしめながら、淋しく微笑んだ。
「片想いだったけどな。」

(1987年8月31日 記)

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