読んだもの雑記

主に漫画の感想を書いていきます

さよなら初恋メモリー

某月某日。「ハリウッドの元子役スター急死」のニュースを見て
「誰だろう」とクリックしたら、それはコリー・ハイムのことだった。
彼の主演作は1つしか見ていない。
それが89年日本公開「ルーカスの初恋メモリー」。
昔「ダ・カーポ」という雑誌がまだあった頃に
「映画で学ぶ英会話」的1Pコラムがあって
印象的なセリフのやり取りが紹介されていたのだ。
と前振っておきながら字幕を引用。

14歳で高校に飛び級進学した、小柄な少年・ルーカスと
16歳で転校してきた美少女・マギー。
新学期が始まる前、ふとした出会いをきっかけに
2人は夏休み中仲よく遊ぶが、学校が始まると
マギーはアメフト部のイケメン(チャーリー・シーンだ)に
恋をしてしまう。距離が縮まっていく様子を見ていられずに
避けるルーカス、追うマギー。うつむくルーカスにマギーは言う。


「あなたとはただの友達よ」
「なぜ」
「なぜって」
「なぜ ただの友達」
「だってそうでしょ」
「だから なぜ」
(略)
「お友達のままでいて 私を困らせないで」


おおおおお(号泣)。この場合もちろん自分はルーカス側である。
多少イジメっぽいシーン(イジリか?)はちょっといたたまれなくなるけど、
ラストのハッピーエンドはいかにもアメリカンハイスクール的な佳作です。
ウィノナ・ライダーのスクリーンデビュー作とも(マギー役ではない)。
ちなみに映画の冒頭とラスト近く、そしてチラッと中盤にも登場するのだが
各々印象的なシーンで「セミ」が出てくる。
「17年? どゆこと?」と思っていた
「17年ゼミ」とは北アメリカの北部にしか生息しない種類なのだそう。
養老孟司「続・涼しい脳味噌」所収「セミの話」によると
北アメリカには13年ゼミというヤツもいるらしく、
揃って「素数」であることが面白い、とある。
セミは一斉に地上に出てミンミンジージーオーシーツクツクとやり出すので、
捕食者にとってこんなにわかりやすい餌もない。
だから一度にたくさん出てくる。
これだけたくさんいれば、到底全部は食べきれない。
それにしても、何故「素数」なのか。続けてエッセーから引くと
「15年ゼミ」だと3年おき、5年おき、15年おきに出てくる
捕食者とかち合ってしまうが
「17年ゼミ」なら同じく17年待つ捕食者しかありえない。
とはいえ真相は知らず、と。


ラストに近いシーン。
夏も終わり、セミもいなくなった、と話しかけるマギーへの答えに。


「次は17年後だ。君は33になってる。僕は31歳半だ。
まだ君と友達でいるかな」
「分からないわ」
「友達でいたい」
「そうね 私もよ」


去年の10月に16年ぶりの中学校の同窓会と
23年ぶりの高校の同窓会に行ってきた。
自分の体験として言えることは、
一度友達になったら、それは永遠に友達なのだ。
たとえ二度と会うことができなくなったとしても
(高校の同窓会は、某クラスメイトの一周忌のタイミングで開かれた)。
その証拠? というか、連絡を取り合っていなくても昔仲良かった子となら
顔を合わせれば十余年の歳月を超え、当時に近いテンションで話もできたし、
逆に「絶交だ!」と思っていても「縁を断つ」という形で
絆を結びあっているというか、お互いが納得ずくでなかったとしても、
その関係値を保つことに合意ができてる風な。
で、その頃に友達づき合いしていなかった人とは大人になっても
話の接ぎ穂もない。いや、そこを広げられるようになっていてこそ
「社会人」なのやもしれませんが。
「男女間の友情」というか「自分を振った相手とも
今なら友達づき合いできるかもー」
というのもちょっと思ったな久々に顔見て。
これが大人になるってことか。おっと余談。


捕食者の爪を逃れ、次の世代に命を繋ぐための出会いを待つのに、
17年という時間を必要とする種がいて。
しかしヒトにとっての17年は、長いようでもあっという間だ。
3回繰り返したところで、わずか半世紀。
コリー・ハイム。享年38。17年ゼミと2度目の遭遇をし、
3度目のターンにまだ入ったばかりだったのに。
褪せぬ姿を映像の中に留め、変わらぬ彼が今もそこにいる僥倖に
感謝するよりほかはない。R.I.P.